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マイナス要素をプラスに転換して「新橋」で居酒屋の新しい魅力を発信する

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第五十六弾

 
東京・新橋駅の烏森神社からさらに奥に入ったビルの地下に「大新橋おさかなセンター」という居酒屋がある。ドアを開けると目の前に広がるのは焼酎一升瓶のおびただしい量。そして壁面にずらりとそろえられたメニューの木札。この居酒屋ならではの徹底した異空間のつくり込みは強烈に記憶に残る。
 
たくさん並んでいる一升瓶は、同店ではお客が自分でお酒をつくるセルフサービスの形式を採っているからで、冷蔵庫の中には割財が豊富にそろえられている。焼酎は甲類からプレミアムな乙類まで50種類を取り揃えて、60分600円、90分1200円、120分1800円といった具合に時間で区切って飲み放題にしている(「ビールあり」は別の料金体系)。
 
左から、スタイルスグループ代表の佐々木浩史氏、生産者の伊藤浩光氏、FCオーナーの石川隆久氏【左から、スタイルスグループ代表の佐々木浩史氏、生産者の伊藤浩光氏、FCオーナーの石川隆久氏】
 

セルフ飲み放題にノンアルを入れて生産性アップ

同店は宮城県仙台市に本拠を置く飲食企業の株式会社スタイルスグループ(代表/佐々木浩史)が母体となり、FCとして有限会社ボルク(本社/東京都練馬区、代表/石川隆久)が経営している。オープンしたのは2020年12月のこと。これ以前の2017年の肉バルとしてオープンしたが、コロナになってスタイルスグループの本拠である仙台の人員が手薄になったことから、いまの業態に転換した。肉バル当時は45坪で120席を配していたが、以前の立ち飲みのスペースをフリードリンクのスペースに充てたので席数は68席と半分近くになった。
 
コロナ禍でローコスト運営に転換したのだが、新橋に勤め人がほとんどいなくなったために営業は苦戦した。
 
店のドアを開けるとおびただしい量の酒瓶と壁に張り巡らされたメニューの木札に圧倒されて印象に残る【店のドアを開けるとおびただしい量の酒瓶と壁に張り巡らされたメニューの木札に圧倒されて印象に残る】
 
しかしながら、コロナが落ち着いた昨年の暮あたりから同店は大きくプラスに転じていく。まず、セルフドリンクの生産性が著しく高くなった。同店の店長、鴇田香里奈氏によると、セルフドリンクに切り替えた当初は、ドリンクの原価率が50%を超えていたという。「どうすれば、この売り方で利益が出るのか」と自問自答していたという。
 
そこで気づいたことは年代別のお客のドリンクのつくり方であった。中高年のお客はアルコールを濃くする傾向があるが、若いお客は薄くする傾向がある。そこで、ノンアルコールの需要に着眼しお茶のバラエティを増やすようにした。画像にあるように「マンゴー麦茶」「コーン茶」「トルコの紅茶」といった具合。また、季節のフルーツを絞ったジュースも入れた。今年の夏は「スイカジュース」がとても好評だったという。
 
このようにノンアルコールを豊富にしたことで、ドリンクの原価率は20%を切るようになった。
 
お酒を飲まない人が増えていることを察知してお茶の種類を豊富にしたところドリンクの原価率が20%を切るようになった【お酒を飲まない人が増えていることを察知してお茶の種類を豊富にしたところドリンクの原価率が20%を切るようになった】
 

牡蠣のバケツ山盛りで来店動機をプラス

さらに、スタイルスグループが培ってきた牡蠣の売り方を強化した。同社では、東京展開に際して鮮魚や牡蠣の商売を強化していて、門前仲町の「三陸港町酒場」と「三陸カキ小屋 ザ オイスターマンズ」を営業している。特に後者の店はオイスターバーとして人気が高く、遠方からの常連客が通う状態。そこで「近隣のサラリーマンに大新橋おさかなセンターのお値打ち感をアピールしよう」と三陸産の新鮮な牡蠣をバケツ山盛りで提供することを、この8月から開始した。
 
この牡蠣の生産者は宮崎県石巻市雄勝町の漁師・伊藤浩光氏。牡蠣やホヤの養殖技術に定評があり、自身でも2014年から仙台でオイスターバーを経営、2016年には新加工場を設けるなど独自に六次化を推進している。過去に東北大震災を経験して、自身の水産業を立て直した経験から、アメリカ・ボストンで「震災と牡蠣」というテーマで講演を行ったこともある。
 
スタイルスグループ代表の佐々木氏によると、「伊藤さんは閉鎖的な水産業の世界の中にあってもベンチャー的な動きをしている。音楽に例えるとインディーズロックのような存在感」と、伊藤氏の活動を高く評価している。
 
「三陸オイスターマウンテン」1㎏1500円、8~10個が入っていてお値打ちを感じる【「三陸オイスターマウンテン」1㎏1500円、8~10個が入っていてお値打ちを感じる】
 
8月よりメニュー化した牡蠣のバケツ山盛りは「三陸オイスターマウンテン」1500円(税込)。殻付き蒸し牡蠣を1㎏盛り(8~10個)で提供する。以来営業を続けるとともに、これを目当てに来店するお客が増えてきている。これを注文すると、店のスタッフが「蒸すのに少し時間がかかりますので」と一声添えている。これが、牡蠣目当てのお客にとって期待感を増すことになる。
 
同店は元々厚切りの刺し身に定評があり、刺し身を提供する居酒屋が多い新橋の「中でも差別化して人気を博していた。今回の牡蠣のバケツ山盛りは、同店の魅力を訴求する上で十分に役立っているようだ。伊藤氏の漁場では、牡蠣を通年供給する体制が整っていて、この路線はこれからも継続していく模様。
 
現状、同店の客単価は3600円程度。フードの原価率は32~35%となっている。前述のセルフドリンクの効果も相まって、過去最高売上を続伸している。
 
看板メニューの「漁港直送 刺身 親方おまかせ刺盛」大(3~4人)3500円(税込、以下同)、波(2~3人)2500円【看板メニューの「漁港直送 刺身 親方おまかせ刺盛」大(3~4人)3500円(税込、以下同)、波(2~3人)2500円

 

ランチタイムに「スリランカカレー」を販売

さらに、同店ではランチタイムの営業を再開していた。ランチタイム営業を休んでいたのは、人員がそろわなかったこともあるが、新橋界隈でのランチタイム営業の競合が激しいことも要因であった。いざ、営業をしたところで生産性が低くなり、従業員に負荷がかかる。
 
そこで同店が打ち出したのは、ランチタイムにスリランカカレーを販売すること。同店の従業員はアジア系外国籍の人材が多く、その中の一人がスリランカカレーを開発した。10月11日から「間借り営業」という形で、毎週水曜日と木曜日の11時45分~14時30分まで提供している。価格は1200円で、使用する具材によって価格は若干変動する。
 
10月11日から毎週水曜日、木曜日のランチタイムに提供をしている「ティンティンスリランカカレー」1200円から【10月11日から毎週水曜日、木曜日のランチタイムに提供をしている「ティンティンスリランカカレー」1200円から】
 

スリランカカレーは日本のカレーとは異なり、一皿の上にスパイスやソースが分類して盛りつけられて、食事をする人が自分で混ぜ合わせて食べていくというもの。オリジナルの雰囲気を楽しみ、また継続して食べることによって体調が軽くなった気分になりリピーターが期待できる。facebookを見ていると、同店のスリランカカレーが評判となっていて、新橋に新しい食の話題をもたらしている印象がある。
 
コロナ禍によって飲食業はさまざまに厳しい経験をした。この「大新橋おさかなセンター」が経験したことを筆者がまとめると、「人員不足でドリンクをセルフ化したところ原価率が激しく上がったが、ノンアルコールを増やしたことで生産性が大幅に上がった」、「元々得意とする刺し身に、値ごろな牡蠣が加わることで来店動機が高まった」、「外国籍スタッフが得意とする本国の人気定番メニューを導入することで、新たな店の特徴を打ち出し、従業員のモチベーションを高めた」ということではないか。
 
焼酎の一升瓶の店長やスタッフのおすすめが表示されて選びやすくなっている【焼酎の一升瓶の店長やスタッフのおすすめが表示されて選びやすくなっている】
 
これらは、コロナ禍にひるまずアイデアを巡らしていた経営者、店長の努力が、いま大きくプラスの方向に作用しているという事例である。
 

 

千葉哲幸(ちば てつゆき)

フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

 

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