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錦糸町駅から徒歩10分で坪月商48万円の店をつくった「自称素人」たちのアイデア力

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第五十四弾

 
7月29日、東京・錦糸町に「大人洋食Bistro1996 」がオープンした。同店で驚くことは、錦糸町駅北口から徒歩10分の場所にあるということ。地図を見ると店は大通りに面していることから分かりやすいが、店に向かって歩いている場所は住宅地である。さらにこの先にある場所で飲食店が成立するのかと、筆者は不思議な気分を感じていた。さて、その店は車通りの路面にあるビルの2階にあった。階段を登って扉を開くと、小ぶりの瀟洒なビストロの空間になっていた。
 

「地域に根差した事業をしたい」

同店を経営するのは株式会社アクセット(本社/東京都港区、代表/椎名健仁)。同社は2017年7月に設立して、当初から不動産業を軸としてきて、新規事業として2020年2月から障がい者グループホームの「わおんグループホーム守谷」の運営を始めた。ここでは保護犬や保護猫を引き取り、ペット共生型のグループホームとなっている。
 
この施設の特徴は大きく3つ。近くにスーパーがあり「住みたい」という視点を大切にしていること。アニマルセラピーによって生活の質(QOL)を向上させていて、同時に動物の殺処分の問題を減らすことにつながっていること。さらに看護師が常勤するという手厚いサポート体制を整えて、一人ひとりの性格や状況を判断しながらサポートの是非を決めているということ。このように障がい者グループホームとしては画期的なコンセプトで営んでいる。
 
これに続く新規事業としているのが、ここで紹介する飲食事業である。同社発表によると「地域に根差した事業をしたいという思いから、ビルの再生と街のシンボルとなる場所づくりとしてスタートした」という。
 
この事業は2022年7月、今回のビストロの1階にジンギスカンの「錦糸町ジンギスカン オクノ羊ヤ、」(以下、オクノ羊ヤ)をオープンしたことから始まった。前述したように駅から離れた場所にあるこのビルは、1996年からテナントが入っていない状態であった。それを「建物の味わい深さや周辺の下町の雰囲気に魅力を感じた当社代表は、このビル1棟を借り上げ、この地で飲食店事業をスタートした」と説明している。
 
代表の椎名氏は1989年4月生まれ。以前は不動産業に従事していて、「失敗を恐れずに、まずは動く」ことをモットーとして同社を起業した。
 
右から、アクセット代表取締役の椎名健仁氏、シェフの桑原誠也氏、取締役の染谷文博氏。【右から、アクセット代表取締役の椎名健仁氏、シェフの桑原誠也氏、取締役の染谷文博氏。】
 

「味のブレがない料理はジンギスカン」

最初の飲食店を「ジンギスカン」にした理由を椎名氏に尋ねたところこう語った。
「僕らは誰も料理ができなくて、一番味のブレがないものは何かを考えていったところ、それはラムだとひらめいた。焼き肉も候補に挙がっていたが、この業種では競合に勝てるかどうか心配だった」
 
椎名氏は飲食店事業を始めたことに関して、「素人だから」ということを枕詞のように言及するが、「オクノ羊ヤ」をオープンする3カ月前から、ジンギスカンの繁盛店のリサーチを重ねた。そこで生まれたアイデアは、28席ながらオープンしてたちまち坪月商48万円を超えるという繁盛店となった(2023年7月度)。
 
その要因はラム肉のクオリティが上質で安定していることが挙げられるが、もう一つ生ビールやスパークリングワインの飲み放題90分が1595円(税込、以下同)ということも大きなファクターだ。これらがインスタグラムによって情報が広がり女性客比率45%となっている。「僕らは繁盛店を研究してはPDCAサイクルを回して、『多分いいだろう』と僕らが思ったことをすべて再現している。それが目的来店につながっているのでは」と椎名氏は語る。
 
推察するにJR錦糸町駅から徒歩10分の家賃は駅前に比べると相当低いことだろう。さらに1棟借りであるから、このビルを複合的に活用する展望を開くことが出来る。同社の飲食店事業の第2弾となったのが「オクノ羊ヤ」の2階となったことは、第1弾で「目的来店」を生み出すノウハウに手ごたえを感じ取り、複合的に運営することによってこのビルの魅力を大きく高めることが出来ると確信したからであろう。
 
11坪・22席のこぢんまりとした空間で「地域のビストロ」のような感覚。【11坪・22席のこぢんまりとした空間で「地域のビストロ」のような感覚。】
 

料理を5つ星ホテルのシェフが担当

さて、本題の「大人洋食Bistro1996」について紹介しよう。店内の様子をビストロ風と述べたが、11坪のスペースにカウンター4席、テーブル18席を構成している。壁をぶち抜いてワインセラーを設けている。ここにカジュアルなセンスを感じる。料理は、5つ星ホテル「ザ・プリンスギャラリー紀尾井町」の中にあるレストラン「All-Day Dining OASIS GARDEN」で腕を振るった桑原誠也氏がシェフを担当。
 
料理のおすすめは、オーストラリア産の高品質なラムのロースを63度で1時間かけて真空低温調理する「仔羊の低温調理 生胡椒とシンプルなジュ」2992円。柔らかい肉に、仔羊の骨で出汁をとったシンプルなソースと生胡椒でアクセントを加えた一品。また、国産豚のミンチと鶏のレバーに粗く刻んだ仔羊のタンを加えた「国産豚とラムタンのパテ・ド・カンパーニュ」1408円は濃厚な旨味と肉の食感が絶妙。さらに、国産の生食用マッシュルームを使った「ジャンボマッシュルームのサラダ」1188円は、芳醇な香りと食感が特長。料理の付け合わせには、シェフが長年交流のある青果物業者から仕入れた不ぞろいの野菜を使用し、フードロス削減にも取り組んでいる。
 
メニューはアラカルトのほかに、同店のおすすめメニュー7品のコース4980円、さらにこれらの料理に5種類のワインを合わせた「ペアリングコース」 6600円(以上要予約)もある。
 
ペアリングコースから上記の「おすすめ」にない一部を紹介しておこう。
 
まず、コース限定の「スモークサーモン」。小さな器の中にスモークを閉じ込めて提供、お客の目の前で蓋を開けて、その瞬間煙があふれてサプライズがある。アンダーにフランス・リヨンの料理であるセルベル・ド・カニュ。フロマージュ・ブランにクリームを混ぜ、ハーブとニンニクを加えたさっぱりした味わいがスモークサーモンの香りと旨味を上手にサポートしている。ペアリングはオレンジワインの渋みが素晴らしく良く合った。
 
さらに、コース限定の「ひとくちリゾットオムライス」。チーズやクリームをふんだんに使用し、玉子と海老のソースで軽やかな味わいで“飲めるリゾット”に例えることが出来る。
 
デザートは「ひとくちバスクチーズケーキ」で、本場スペインのシェフ直伝のレシピを使用し甘さを控えめに仕上げている。
 
メニューの中から単品で紹介(税込、以下同)。「ジャンボマッシュルールのサラダ」1180円。【メニューの中から単品で紹介(税込、以下同)。「ジャンボマッシュルールのサラダ」1180円。】
 
「国産豚とラムタンのパテ・ド・カンパーニュ」1408円。【「国産豚とラムタンのパテ・ド・カンパーニュ」1408円。】
 
「仔羊の低温調理 生胡椒とシンプルなジュ」2992円。【「仔羊の低温調理 生胡椒とシンプルなジュ」2992円。】
 
「ひとくちバスクチーズケーキ」528円。【「ひとくちバスクチーズケーキ」528円。】
 

「高家賃」を解決した先にある飲食業

率直に言って、コスパ以前に「安くないですか」。椎名氏は、相も変わらず「素人だから」と述べる。しかしながら、この店に関しては桑原シェフの技が大いに生かされている。この絶大なるお値打ち感は、錦糸町駅からこの店に向かう間に期待感を大きく増してくれることだろう。
 
この店に居て、一瞬「いまどこで食事をしているのか?」という気分になる。店の雰囲気と料理のクオリティは青山・六本木の星付きレストラン。価格はちょっと立ち寄る感じのワインバー。「錦糸町」というイメージにはない。しかしながら、錦糸町に住む人が話すことには「錦糸町には富裕層が多い」という。この店には「オクノ羊ヤ」同様に、遠方からの目的来店があるだろうが、地域の人々からも多いに愛されることだろう。
 
飲食業は相変わらず「高家賃」の課題と戦っている。しかしながら「失敗を恐れず、まずは動く」アクセットが推進する飲食事業は、「高家賃」を解決した先にある飲食店の大いなる魅力づくりを切り拓いている。
 

 

千葉哲幸(ちば てつゆき)

フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

 

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