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パンから店内でつくるハンバーガーショップが生みだした繁盛する原価構造

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第五十三弾

 
東京のJR代々木駅近くで、ランチタイムとなると人だかりができる一角がある。それは「JB’s TOKYO」(以下、JB‘s)というハンバーガーショップ。同店の特徴は、クオーターパウンダー(113g)の粗挽きハンバーグを、丸いバンズではなく四角い食パンでサンドしていること。しかも、この食パンは店内で焼成している。同店のホームページでは、自ら「まじめなハンバーガー」と称しているが、まるごと手づくりなのである。そして、ベースとなるハンバーガーの価格が390円(税込)と実にお値打ちである。
 
同店を経営するのは株式会社ブルース&ブラザーズ。代表の佐藤卓(「たかし」と読むが、名刺には「Bruce Sato」となっている)。この佐藤氏は自らのことを「飲食業界の異端者」と称しているが、それは佐藤氏がこれまで編み出した業態に如実に表れている。
 

 

3カ月間アドリブのような流れで店をつくる

かつて「野菜を食べるカレーcamp」というカレーショップがあった。ゴロゴロといった感覚で野菜が入っていてスパイシー。スコップのようなスプーンで食べる。ワイルドな存在感で健康的。日常的なフードメニューをエンターテインメントで表現した。
 
この1号店は代々木駅近くで2007年3月にオープン。たちまちファンが増えて三十数店舗まで拡大。2017年7月に外食大手の傘下となった。当時コロナ前でウーバーイーツが新しい飲食のスタイルをもたらしたことで既存店の売上は2倍に増えたという。
 
佐藤氏は外食大手傘下の会社を2020年12月に退任。それまで一度も休むことがなかったことから、しばらくはおとなしくしていようと考えていた。そんなときに佐藤氏が前職の時に、よく気が合っていた部下の西岡仁(じん)氏が「佐藤さん、一緒に飲食店をやりましょう」とやってきた。2021年3月のこと。会社を辞めてきたという。
 

 
佐藤氏は、新しいビジネスとして肉まんの店を想定していた。中国料理の料理人の知り合いがいて、彼にレシピを考えてもらいながら、店で餡も皮も手づくりで行うというもの。旧知の不動産業者が現在の「JB‘s」の物件を管理していて、ここで新しい事業を行うことを提案された。そこで3月にここを確保して、6月に「JB‘s」をオープンした。この3カ月の間に、工事をして、メニューからオペレーションに至るまで全部をつくり上げた。
 
佐藤氏はこう語る。
「本当にアドリブのような流れでしたね。誰に気兼ねすることなく『西岡、これやるぞ!』と言うと『それ、面白いっすね!』と響いてくる感じ。めっちゃ粗削りで進んでいったのですが、それがまた良かったという感じですね」
 
店舗は1フロアが3坪で3層という狭小物件。1階がキッチン、2階倉庫、3階が9席の客席という構成。1階はパティを焼くシーンをガラス越しに見せて、商品の受け渡しをするのはテークアウトコーナーのようなスペース。イートインで3階に向かうためには、キッチンを横に見ながら階段を登る。まさに手づくりの工房である。
 

既存の原価構造を抜本的に変える

「店内でパンからつくるハンガーガーショップ」にしようと考えたのは、これまでのハンバーガーショップの原価構造を抜本的に変えようと考えたことが発端であった。
 
佐藤氏は「ハンバーガーとは、たくさんの人が手軽に食べられる、ご飯とおやつの間でご飯に近い食べ物」と位置づけて、ベースとなるハンバーガーを当時のビッグマックと同じ価格の「税込390円」で提供することを目指した。
 
しかしながら、ハンバーガーの大チェーンならまだしも、凝ったハンバーガーショップもパンを外から仕入れて使用していることを知る。仕入れ値は100円。「この価格であれば、パンだけで300円の値付けをしないと商売として成り立たない」(佐藤氏)と考えた。そこで利益率の高い商売のたとえでいうところの「粉もの屋を目指す」ことを合言葉とした。
 

 
当初はバンズを店内で焼成しようと考えたが、1階の小さなオーブンでバンズを焼成すると1回に十数個しかできない。パンは生地を発酵させなければいけないために、どんなに合理化したところで1回焼成するために3時間が必要となる。これを1日3回繰り返したところで、この店の収支に見合う食数はできない。
 
そこで食パンだったらたくさん焼くことができるのではないかとひらめいた。食パンとは型でつくる。そこで型をオーブンの中で積み重ねると、オーブンの容積をマックスで使うことが出来る。実際に焼成された食パンをスライスして食数を計算すると、バンズに対して250%ぐらいの食数ができることが分かった。そこで食パンにした。
 
「JB‘s」では北海道産小麦を使用して、マーガリンやショートニングを使用しないでバターで仕上げている。これで原価は10円。同じ材料でつくったパンを外から買うと100円になるのではという。
 
こうして、原価に余裕ができたことから、ハンバーガーの価格が当初目論見通りの390円から設定できるようになった。
 

手づくりに徹してすべての人が幸せになる

店の業績はすこぶる好調だ。同社の定義では、ハンバーガーの個数を実客数と見ていて、それに基づいた6月の数字は平均で1日270人弱のお客が来店。平日約200人、週末は350人から380人くらい。日商は平日20万から22万円、週末が30万から35万円となっている。お客の70%はテークアウトである。
 
客単価は、ハンバーガーの総数で割った金額が969円。ハンバーガーの単価は低いが、70%のお客がサイドメニューを注文している。セットにしてぎりぎり1000円を超えない予算で食事をしている。佐藤氏は「フレッシュなビーフ、パンを使っていることから、同じ客単価のハンバーガーチェーンと比べると満足度は高いのでは」と語る。
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この店の原価率は32.6%、人件費が時給1250円で26.6%。FLを60%以内に抑えている。390円でボリュームあるものを売っていて、この数字はなかなかなものではないか。
 

 
現在は代々木の直営1号店、FC店が府中に1店舗。そして渋谷のMIYASHITA PARK 2階に近々直営2号店がオープンする。
 
筆者は「これからの多店舗に備えてセントラルキッチン(CK)をつくることになるのか」と佐藤氏に尋ねた。すると佐藤氏は「いえいえ、それをやってしまうと台無しになるのです」と即答して、このように持論を述べた。
 
「私が分かってきたことは、店の数が増えてCKをつくるということが『何が幸せなのか』ということです。CKのためには設備をつくり、人が就労し、物流が発生します。この狭い日本において、この物流費を合理化することが一番重要なことです」
 
「私はこれまで現場で仕事をしてきて『CKの発想はちょっと違うかも』と思うようになってきました。それは現場で調理をしているととても楽しいから。スタッフも楽しんでいる。子供が将来なりたい職業は『パン屋さん』ですから。この現場の楽しさをCKは奪ってしまうのでは」
 
スタッフのやりがいを保ってお店の活気を維持する。商売を維持するためのコストコントロールに注力する。そして、お客様が「手づくり」ということを喜んでくれる。この3つのスタンスこそが「JB‘s」の誇りと言ってよいのではないか。このような商売に対する姿勢が、顧客から愛される秘訣であろう。
 

 

千葉哲幸(ちば てつゆき)

フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

 

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