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「新宿で生きていく」情念で、居酒屋の可能性を切り拓く國屋の挑戦

今回は前回の「絶好調」代表、吉田将紀氏に続く経営者のお話。吉田氏の弟子にあたる「國屋」代表の國利翔氏のことを論述したい。吉田氏のことは、「居酒屋甲子園」の創始者、大嶋啓介氏が創業した「てっぺん」の立ち上げメンバーであったと紹介したが、今回の國利氏は、吉田氏が立ち上げた「絶好調てっぺん」の立ち上げメンバーである。その内容については、以下に述べていくが、これらには骨太の経営哲学が受け継がれているということで、筆者はリスペクトしている。
師匠から弟子へとつながるアントレプレナーシップ
新宿西口ハルクの裏手の路地に「ろばた結」と「Sake stanD凛」という居酒屋が並んで営業している。これらの本店は「ろばた結」の地下にある「ろばた翔」。この本店は2012年8月にオープンしていて、「結」(24坪)と「翔」(20坪)は炉端居酒屋で、「凛」(8坪)は日本酒バーと、1カ所に営業スペースを拡大してきた(結は19年3月、凛は25年1月にオープン)。このような形で営業規模を広げることが出来るのは、「出店戦略」といった計画的なものではなく、スピリチャルな力がもたらしていると筆者は感じている。
この3店舗を経営しているのは㈱國屋(本社/東京都新宿区、代表/國利翔)。このほか、飲食店2店舗、小売店1店舗を擁している。代表の國利氏は1985年10月生まれ、山口県出身。飲食業界には学生時代からアルバイトで親しむようになり、2007年に吉田将紀氏(㈱絶好調の代表取締役社長)が新宿・歌舞伎町に立ち上げた炉端焼き居酒屋「絶好調てっぺん」の立ち上げメンバーとなった。筆者としては、これが國利氏のスピリチャルな第1歩だと認識している。

吉田氏は、今日飲食業界の全国的な勉強会として頑張っている「居酒屋甲子園」の創始者、大嶋啓介氏が2004年に自由が丘にオープンした「てっぺん」の立ち上げメンバー。その後、同店に関わった人々は続々と起業するようになり、「てっぺん」は「独立道場」と呼ばれるようになった。
2007年に「てっぺん」から独立した吉田氏の会社、絶好調に入った國利氏は、同社で新店舗の立ち上げや人事、店長育成など店舗運営の全般を担当した。そして、同社から独立支援を受けて、12年8月「ろばた翔」を任されて、15年10月に同店の経営権を譲り受けたという次第。
こうして國利氏は「新宿で生きていく」ことを確信するようになり、新宿の町内会活動に積極的に参画するようになった。このように地域活動を担い、真摯に商売と向き合っている國利氏の存在は町内会の人々から一目置かれるようになった。それが、前述のように同じ場所に店を拡大するきっかけをもたらしていく。「物件を任せるんだったら、翔くんだ」と。
「価値ある商品」で客単価が3500円から7000円へ
國屋は、昨年10月に開催された第17回「居酒屋甲子園」全国大会のファイナリストとして登壇した。そこで、國利氏が述べる「新宿で生きていく」というマインドのエピソードの数々が披露された。筆者が感銘を受けたのは、以下のような内容である。
それは、創業店舗の「翔」がオープン以来十数年を経て、客単価が当初の3500円から、いま倍の7000円になっているということ。これについて、國利氏は「戦略的に客単価が2倍になった、ということではなく結果的にこうなった」と語る。具体的には、このようなことだ。

「当初は『安いもの』を仕入れて、それに『付加価値』をつけてお客様に提供していた。それが『こだわりの商品』や『価値のあるもの』を仕入れるようになった。市場に行って、かつては『安いものをください』と言っていたものが、『できる限り良いものをください』とお願いするようになった」
「『5000円で良いものを食べていただきたい』『この居酒屋でこんなにおいしい食事を体験することができる』ということを、生産者の想いから市場の方の想いをつなげていって、良いものを集めていった。そして、諸物価高騰などの条件も相まって、結果客単価7000円になった、ということ」
國利氏は、このようにこれまで創業店舗で行なってきた営業方法について淡々と語る。そこで読者の方々には、実際に「翔」を訪ねてみることをお薦めしたい。まず、いきなり尋ねても営業時間中は予約でびっしりと埋まっている。せめて「店の雰囲気」を体験したいと店の中に入ると、炉端の焼き台を中央に据えたオープンキッチンから、それを取り囲む客席の全てに渡って強烈なライブ感が漂っている。「次回は、必ず予約をゲットしたい」気分になる。
同店の上にある路面の「結」は、「翔」よりカジュアルで客単価4800円。ここも予約が必要な繁盛ぶりで、店頭のビニール越しに活気ある店内の様子をうかがうことができる。
前回の「絶好調」は、西新宿七丁目にドミナント形成していることを紹介したが、西新宿一丁目に3店舗を構える「國屋」が「絶好調」と伴って西新宿の居酒屋シーンを熱くしている。

「音と酒」をコンセプトにした日本酒バーで営業を充実
さて、「國屋」の最新店、この1月にオープンした「凛」の内容がユニークなので、ここで紹介しておきたい。
前述のように「凛」は「結」の隣の路面店である。店頭はガラス張りにして、開放感があり落ち着いた店内の様子がよく見えて「入ってみたい」衝動に駆られる。
業態は「日本酒バー」。ここの品ぞろえの特徴は、國屋が取引をしている業務用酒販店ごとに日本酒のボトルがリーチインクーラーの中にカテゴライズされているということ。これによって、それぞれの業務用酒販店のカラーというか、狙いとするものがイメージできるということだろうか。國利氏は「角打ちをイメージした」と語る。

また、同店は「音と酒」をコンセプトとしている。高性能のスピーカーを入れて、店内に流れる音楽を上質のものしている。「いい波長の中で、お酒を飲んでいただく」(國利氏)という空間の演出が斬新である。隣接する2つの炉端居酒屋は「ライブ感」に楽しさが存在しているが、「凛」はこれらとは明確に差別化していて、この3店舗によって居酒屋営業を充実させている。
新宿の西口は多くの国際的なホテルを背景にしている。そこでインバウンドをはじめとした外国人が多い。そこで國屋には紹介や自薦によって外国籍の社員が増えてきた。
筆者は2月の上旬の19時ごろ「凛」を訪ねたところ、店内に30代半ばのアメリカ人従業員がいた。しばらくたって、30代のアメリカ人がドドッと、10人程度やって来た。8坪の店内はたちまち満員、彼らの声高のおしゃべりで店内がにぎわった。おそらくアメリカ人の従業員がSNSで同店の存在を発信していたのであろう。
國利氏の「新宿で生きていく」というビジョンは、前例がない商売のさまざまなチャンスを導き出している。商売は「拡大」するものではなく、経営者自らの「情念」が切り拓いていくものと感じた。

千葉哲幸(ちば てつゆき)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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