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フードサービス・ジャーナリスト 千葉哲幸 連載第八弾 地元を変える「地元密着」  前編

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飲食業界の自発的な活動の一つに「居酒屋甲子園」がある。これは年に一度行われる来場者5000人規模の全国大会が有名だが、本質的には「共に学び、共に成長し、共に勝つ」ことを標榜した勉強会である。筆者はこのファウンダー4人が立ち上げた2005年7月から継続して取材をしていて、その後を興味深く追跡している。

この理事メンバーは2年ごとに入れ替わっていることから、初代から数えると優に百人を超える人々が居酒屋甲子園の学びの世界をつかさどったことになる。
そこで彼らのその後の動向を見ていくと、実にさまざまな「革新」を成し遂げている。今回は「地元密着」というテーマで、二つの事例を紹介しよう。

 

店名が「かいだんのうえ」のなぜ

東京・北千住は今日「住みたい街」のランキング上位に位置付けられている。
私は、この街をこのように変えたのはこの街に本拠を置く株式会社一歩一歩代表の大谷順一氏であると認識している。大谷氏は居酒屋甲子園の第5代の理事長として、第10回、第11回(2015年、2016年)の指揮を執った。
株式会社一歩一歩代表取締役 大谷順一氏

同社は北千住で2007年3月に創業、全11店舗のうち9店舗が北千住にあり(他の2店舗は沖縄)、駅西口の半径約100mの中で営業している。

商店街の居酒屋が店を開ける前の夕方4時ごろ、従業員が通りを行き交う人に挨拶をしている。6時を過ぎると、それぞれの飲食店からは、お客さまの語らいと従業員の元気のよい掛け声が商店街に溢れている。このような「地元」の光景をうらやましく思う。

同社の北千住での店舗展開の沿革はこうだ。「炉ばた焼き 一歩一歩」で創業した後、「もう一つの家」(2011年5月/炭火料理)、「てまえの一歩」(2012年11月/ろばた焼き)、「にぎりの一歩」(2013年6月/寿司)、「一歩一歩のカフェ食堂」(2015年4月/カフェ)、「歩きはじめ」(2016年7月/おでん)、「つつみの一歩」(2016年10月/野菜巻き串・餃子)である。ここまでの店名は「一歩」に関連している。
魚屋ツキアタリミギの日中

それが、2018年4月にオープンした8号店は「魚屋ツキアタリミギ」(鮮魚・手作り料理)、今年5月にオープンした9号店は「かいだんのうえ」(寿司)となっている。
歩きはじめ かいだんのうえ

「魚屋ツキアタリミギ」とは、日中魚屋を営んでいて、本店の横を直進して突き当りの右にあるという意味だ。「かいだんのうえ」とは、「歩きはじめ」の2階にあり階段を上ったところにあるという意味だ。「地元」に深く根をおろそうとする同社の意思表示であり、同社の顧客はそれを大いに歓迎しているのであろう。
アパートを改造し1階と二階に出店

 

一生懸命な姿勢によって刺激的な存在となる

大谷氏は1974年生まれ、東京・亀有の出身。20歳で懐石料理の店に入り、以来飲食の道を歩んでいく。最初の店で厳しく鍛えられ、その後転職していく先では、料理長・店長として売上を大きく押し上げていった。
その過程で、北千住に新規にオープンした店を任されたのが北千住に縁ができたきっかけである。その店で3年間頑張った後、念願の独立を果たした。創業の店は炉端焼きの店で、特に野菜の品揃えにこだわった。大谷氏と従業員はスーパーに足を運び、売場の研究に努めた。マコモダケや赤茄子といった当時スーパーで扱っていない野菜をメニューにしたところ、「家では味わえないおいしい野菜がある」と評判になった。すると、スーパーの人たちが来店するようになり野菜売り場の商品が変わった。

次に、「接客がいい」ということが評判になった。すると、アパレル業界の人たちがどんな接客なのだろうと来店するようになった。
こんな具合に同店は北千住で商売をする人たちにとって刺激的な存在となった。

同社では毎年春先に「一歩一歩アワード」を開催している。今年は5月12日に第3回を開催した。会場となった北千住のホールには業者様、地元のお客様ほか関係者を含めて300人ほどが集まった。
ここでは、北千住で展開する店が「取り組み」を発表。業者さまの表彰、優秀アルバイト、優秀社員、優秀店長の表彰などだ。表彰については、大谷氏が表彰する相手に対して表彰理由を自分の言葉で述べ、また、経営幹部をはじめ同僚の皆が努力している様子を称えていることを伝える。相手はその内容に感動して、泣きむせぶ人もいる。

アワードが終了してから親御さんと一緒に懇親会を楽しんでいる。今年は北千住で最も広いカラオケルームを会場として立食形式で行った。いざカラオケ大会では親御さんが率先してマイクを持ち、子供の職場での交流を楽しんだ。
てまえの一歩店頭 宿場町の風情

実に観念的なものの言い方であることを承知で述べるが、このように人々の心を湧き立たせることが「地元」の中で日々積み重ねられていくことによって、地元の空気はそのように染まっていくのではないだろうか。

 

(後編)に続きます。

 

千葉哲幸(ちば てつゆき)

フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴36年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

 

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