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店側が主導権を取ってマッチングを提案する門前仲町「KARASU」

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第十三弾
日本酒を売る力 前編

 
私は学生時代から酒をよく飲む人間だが、学生時代の酒は「酔っ払うための飲み物」だった。就職したのは食関連の出版社の柴田書店で、先輩たちは当然、さまざまな食材、料理にとても詳しく、酒についても話す内容が「文化」であった。私はたちまちにしてこの「酒文化論」に引かれるようになった。
そこで、日本酒の品揃えが豊富な店に行っては、従業員に日本酒に関する話を教えてもらった。このような経験値を重ねて、私はいつしか「日本酒を売る店は従業員のコミュニケーション能力が重要だ」という評価軸ができていった。
そこで、この「コミュニケーション」が秀逸だと感じた二つの事例を紹介しよう。
 

日本酒の主導権を店側が取ることで日本酒が回転する

まず、東京・門前仲町の富岡八幡宮の近くにある「KARASU」。
あるweb媒体で同店のことが「日本酒が70種類以上あって約50種類の洋食とマッチングを楽しむことができる」と紹介されていて、このこだわりに興味を抱いた。同店は参道の路地裏にあり絶好の立地だ。9坪16席、営業時間は15時から24時。
ここでふと、「9坪の店で70種類以上の日本酒が回転できるものだろうか」と疑問に思った。
店構えは簡素であるがセンスの良さが伝わる
【店構えは簡素であるがセンスの良さが伝わる】
 
実際に店を訪ねたのは1月25日土曜日の夜9時ごろ。店内は満席で、30代~40代のお客さま同士が仲良く会話していた。身なりも良く、近所に住んでいる富裕な層が常連客になっているのだろう。
オーナーの赤井健太郎氏は1989年3月生まれ、六本木でバーを展開する会社にバーテンダーとして入社。21歳で店長になり、独立に向けてマネジメントや繁盛店をつくるためのさまざまな勉強を重ねた。この過程で「日本酒を発信する店を経営したい」という目標が定まっていった。8年の修業期間を経て2018年4月に「KARASU」をオープンした。
 
さて、同店では日本酒を銘柄で売っていない。お品書きにはこのように書かれてある。
「味わいのボリュームは…ライト?しっかり?」
「香りは…フルーティ?華やか?穏やか?」
「温度は…冷酒?燗?常温?」
「または…料理に合わせておまかせ」
このような表現にしている理由について赤井氏はこう語る。
「日本酒とは食中酒として楽しむものだと思います。日本酒をより楽しんでもらうために、お客さまからいま食べている料理に合う日本酒をくださいと、言ってもらえるようにしている」
そして、赤井氏からも積極的に料理と日本酒とのベストなマッチングについて提案する。
 
70種類以上の日本酒をしかも一升瓶で用意しているということで「管理が大変ではないか」と尋ねると、「飲み物はビールのほかに日本酒しか置いていないので、一般的な店よりも日本酒の回転が速いのでは」とのこと。お客さまが求める日本酒のタイプと赤井氏がお薦めする料理とのマッチングで日本酒を飲んでもらっていることから、日本酒の銘柄で人気のあるもの、そうではないものと分かれることはない。商品の主導権をお客さまに委ねるのではなく、店側が主導権を取ることでこのような売り方が可能になっている。
70種類以上の一升瓶をスムーズに回転させている
【70種類以上の一升瓶をスムーズに回転させている】
 

さまざまなイベントで顧客とのコミュニケーションを図る

さて、赤井氏は店の顧客と日本酒を楽しみ、日本酒を通じて交流することに余念がない。
まず、酒造りを終えた時期に、蔵元を招いてのイベントを月に1~2回開催している。例えば、ある蔵元の酒の7~8種類のバラエティと料理とのマッチングを楽しんでもらうコース料理を提供する、1種類の日本酒を温度を変えて提供する、とか。イベントへの参加費は9000円あたりの設定で、満足度が高くイベントは常に満席になる。
日本酒は銘柄ではなく飲みたいタイプを提案している
【日本酒は銘柄ではなく飲みたいタイプを提案している】
 
また、年に1度9月に、高知市内のホテルで行われる日本酒のイベントに合わせて高知の蔵元などを巡るツアーを定例化している。第1回は2018年に開催し5人が参加。昨年は18人が参加した。参加した顧客が店の中で「高知のツアーが楽しい」と話すことから、人気が高まり今年は40人を想定している。この会費は5万5000円、交通費、宿泊費、イベント参加費、食事代を含むというもので、飛行機代を考慮するとずいぶんとお値打ちの企画である「KARASU」が主催する「大人の修学旅行」といった感覚だ。
 
赤井氏はこのような日本酒を通じた交流を多くの人と共有化していきたいと考え、会員制のメルマガを立ち上げようと計画中だ。ここでは、「KARASU」の店内で行うイベントや旅行の企画などを告知することによって、同店のファンとのコミュニケーションを深めていき、さらに北海道や九州など遠方の人とも交流をして、酒蔵巡りなどのイベントを全国レベルに広げることができるのではないか、と考えている。
メニューのネーミングからもお客さまとの会話が生まれる
【メニューのネーミングからもお客さまとの会話が生まれる】
 
 
(後編)に続きます。

 

千葉哲幸(ちば てつゆき)

フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴36年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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