大勝負をかけたエキナカ出店で「宇都宮の顔」となったホスピタリティマインド
宇都宮駅の商業施設で遭遇した驚きのパフォーマンス
今年の夏、筆者は東北旅行へ行って、最終日に「宇都宮で餃子を食べてみよう」と思い立ち、16時ごろにJR宇都宮駅で下車した。同駅には「宇都宮パセオ」という商業施設が直結していて、ここの1階を歩いていたところ、都会的なセンスと繁盛の活気にあふれた店に遭遇した。大きなオープンキッチンの周りをカウンター席が取り囲み、その奥に満席状態のテーブル席が見えた。
【JR宇都宮駅と直結した商業施設の1階に出店、駅のターミナルに面してよく目立つ】
「この店は、宇都宮の街を散策してから、帰りに寄ってみよう」と思い、駅の近郊を巡って19時ごろに再びこの店を訪れた。すると長蛇のウエーティングが出来ていた。
ウエーティングのスペースにはガラス張りの餃子の工房が一段高く設置されて、4人のスタッフが忙しく餃子を手包みしていた。筆者はこの様子を背景にして自撮りをしようとスマホを構えたところ、大いに感動する出来事が起きた。
それは、自撮りの背景にしようとした工房の中のスタッフが、餃子の手包みの作業を休めて、手を振りながら、筆者の自撮りの中に入ってきたのである。「ここは、テーマパークか⁉」と。このような工房の中のスタッフの振る舞いは、店の外から工房の中をのぞいているインバウンドや、手持ち無沙汰のウエーティングのお客にも行っていた。スタッフの全員がお客に喜んでもらおうというマインドにあふれているといった印象を受けた。
【エントランスを入った通路に面して餃子の工房を設けてパフォーマンスでお出迎え】
ここの店名は「餃子といえば芭莉龍」と書かれている。「この漢字は、なんと読むのだろう?」と思い、スタッフに尋ねたところ「バリロンと言います!」と満面の笑顔で応えてくれた。表情がとても素敵だった。
看板商品は「餃子」である。「焼餃子」を注文したところ、大振りの餃子が5個(638円)。食べるともちもちとした皮の中に餡はしっかりとした歯応えがあった。とても記憶に残るメニューであった。
この店を初めて体験した誰もがこのように感じることだろう。「バリロンは宇都宮の顔」だと。これが街中ではなく、宇都宮駅の商業施設の中に在り、宇都宮の街に出る前に遭遇することだから、宇都宮の街のイメージを「若い活気」や「礼儀正しい」というものにしてくれる。
「喜ばれる事に、喜びを。」の理念を商品や接客で表現
この「餃子といえば芭莉龍」を経営するのは㈱チームバリスタ(本社/栃木県宇都宮市、代表/磯信太郎)。この社名は、コーヒーに関するサーバーのことではなく、「元気バリバリ・スタッフ」という発想に由来する。代表の磯氏が2010年に33歳で起業したとき考えたことで、創業の店名に「ばりきょう」とつけた。
その後、バリバリの「バリ」に動物の名前をつけてブランディングをしていこうと考えて『ピッツァ&ラムの店 Bariton』『炉ばた 鹿芭莉』『bariSAIcafe』という具合に、1年に1店舗のペースで展開してきた。現在は16店舗(宇都宮市内14店舗、鹿沼市内1店舗、東京駅1店舗)を擁している。
【手前から「焼餃子」638円、「パクチー焼餃子」748円、「麻辣焼餃子」748円】
同社の理念は「喜ばれる事に、喜びを。」である。店舗展開は、この理念の元に「宇都宮の人々に歓んでいただくことを」考えながら店を出店してきた。創業して2店舗目となる『ピッツァ&ラムの店 Bariton』では、ピッツァの価格が1品1500円が当たり前の当時に、ワンコインで提供、宇都宮でラムチョップが知られていなかった中で人気を博して月間3000本を売るようになった。
「餃子といえば芭莉龍」をオープンしたきっかけは、2019年10月に「生きてる餃子 バリス」を出店したこと。同社では餃子業態にチャレンジして、皮から餡まで店内スクラッチで行なう仕組みをつくった。この餃子店の繁盛ぶりが宇都宮パセオのリーシング担当者に伝わり、2020年10月に同施設にオープンした。
この物件は7年定借で、投資額1億2000万円を費やした。膨大なチャレンジであるが、JR宇都宮駅に直結した1階路面の52坪という絶好の物件を活かすべく「宇都宮の顔になろう」という決意で開業にのぞんだという。この決断の重さが、店舗運営に緊張感をもたらして、スタッフの全員にお客様をおもてなしする姿勢をもたらしているのであろう。
ちなみに同店の餃子のレシピは、1日に大量に餃子を提供する店として新しい仕組みをつくった。餡には1㎝キューブの豚肉が入っていて、食べるときに歯ごたえを出している。これを自社のセントラルキッチンで調整し店舗に送る。餃子に皮には白玉粉を練り込んでもちもち感を打ち出している。これは製麺業者に依頼して、店舗に届けてもらう。これを店内の工房で手包みしている。餃子1個当たりの餡のボリュームは25gで大振りである。
【客層は老若男女さまざまだが30代40代が主流、全時間帯ともこのような風景が見られる】
スタッフが「キラキラと輝く」公明正大な仕組み
冒頭で述べた、同店のスタッフが放つ活発で礼儀正しい振る舞いには「喜ばれる事に、喜びを。」という理念が浸透している。
まず、同社には『ブラックノート』と呼んでいる、マニュアルではなく「在り方」をまとめた小冊子が存在し、従業員の全員が所有して読みこなしている。冒頭には「優秀な人材とは」という問いかけがあり、その内容として、①仕事ができる、②行動に富む、③深く考える能力がある、④達成意欲が強い、⑤報告ができる、⑥人間関係がいい、⑦謙虚である、⑧感謝できる――と示されている。このような論調が18ページで構成されている。
代表の磯氏は「スタッフの心のベクトルがお客様に向くと、スタッフはキラキラと輝くようになる」と語る。各店舗では、お客にアンケートを求めているが、これはスタッフがお客に直接手渡しで行なっている。この中には「輝いていたスタッフはいました?」という項目があり、そのスタッフ名とその理由を記入する欄がある。
【東京駅の商業施設「グランスタ八重北」の1階にも支店を出店した】
同社の中には「キャリアパス」の仕組みがある。これは年に2回、アルバイトスタッフを含めて全従業員がほかの従業員の360度評価を行なうこと。ここで評価が高い人は幹部会議に諮られて昇給していく。アルバイトを含めて全従業員が全店舗の売上と、それがどのくらいになるとどれくらいの金額が分配されるのかを把握している。
同社のホームページを見ると分かるが、「新卒採用」「中途採用」「アルバイト採用」のボタンがあって、そこには、年収例、勤務時間、休日休暇、福利厚生などがとても細かく記されている。
これらの公明正大な情報開示の姿勢は、同社に対しての信頼感と安心感を抱かせてくれることだろう。冒頭で述べた、同店スタッフの筆者への対応は、このような意識が存在しているからこそ、「喜ばれることに、喜びを。」を十二分に表現できているのだろう。
最後に、「餃子といえば芭莉龍」に関するデータを紹介しておこう。まず、宇都宮市の人口は51万人。その交通の拠点であるJR宇都宮駅の1日の乗降客は8万人を超える。このような大きな市場性を背景にしていることだから、代表の磯氏は「店の利用客の7割は外部の人」と語る。同店の規模は52坪・70席で1日に6~7回転している。客単価は2400円で月商は3500万円を維持している。原価率は33%、人件費率は20%とのこと。
同店は、東京でもなかなか見ることのできない繁盛店であり、高度なホスピタリティマインドが存在する。筆者はすっかりとファンになって、次に同店を訪ねるチャンスを伺っている。
【店名の「芭莉龍」をデフォルメして、商業施設の通路側でアピールしている】
千葉哲幸(ちば てつゆき)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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