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札幌の人気繁盛店「成吉思汗だるま」が東京に出店、ファンで連日の大行列

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第六十六弾

 
札幌のジンギスカンの人気繁盛店である「成吉思汗だるま」が7月14日、東京の上野御徒町に出店した。念願の東京進出である。オープン初日は、開店の17時前から140人の行列が店をぐるりと囲む形に出来て、最後のお客は6時間30分後に入店できたという。画像は7月26日金曜日の16時45分ごろの光景である。これほど札幌から離れた東京に同店のファンが存在するということだ。そこで、同店の取締役副社長の金有燮(キン・ユソプ)氏より、同店の沿革と東京出店に至る背景について伺った。
 
店舗は上野御徒町の春日通り沿いにあって、オープン前にはこのような行列ができる。近日中に整理券制を導入する予定とのこと。【店舗は上野御徒町の春日通り沿いにあって、オープン前にはこのような行列ができる。近日中に整理券制を導入する予定とのこと。】
 

3代目が副社長となりファンの要望をかなえていく

「成吉思汗だるま」の創業は1954年(昭和29年)、今年で創業70周年を迎える。韓国からやってきた在日1世で現副社長の祖母、金官菊子氏が創業した。開業したきっかけは、当時38歳の夫を亡くしたこと。そこで残された5人の子供を養うために、羊の肉のマトンをお客に食べてもらう商売を考え、夫が亡くなった3カ月後に創業した。
 
同店のキャラクターは「達磨大師」。これは祖母の長男で、現代表取締役社長の金和秀氏が当時中学2年生のときに描いたものだ。「だるま」と言えばかわいらしい形状を思い浮かべるが、同店のキャラクターからは強烈な「決意」が感じられる。達磨大師にまつわる「七転び八起き」、つまり「めげずに立ち上がる」という意図が込められているという。長男としても並々ならぬ決意をしていたのであろう。
 
現代表取締役社長が中学2年生のときに書いた「達磨」のイラストが、同店の創業の精神として受け継がれている。【現代表取締役社長が中学2年生のときに書いた「達磨」のイラストが、同店の創業の精神として受け継がれている。】
 
なぜ羊の肉なのか。それは創業した当時、羊肉は一般的に食べられているものではなかった。羊肉の中でも食べられていたのはラムであるが、創業者がマトンにしたのは狙いがあった。それは、庶民生活が戦後の貧しい状況の中にあって、肉を安い価格でお腹いっぱい食べてもらおうということ。マトンはラムと比べるとクセがあるが、肉の味が濃い。創業者はこのマトンに合うタレを開発して、クセのある羊肉好きを続々とファンにした。同店がオープンしてから、同じように羊肉を提供する店が創業していくが、この「成吉思汗だるま」は、今日の「ジンギスカン」の源流と言える存在である。
 
現副社長は同店の3代目となる。札幌で教師を務めていたが、1年前に本格的に経営を引き継ぐようになった。そこで、副社長は「成吉思汗だるま」のファンからの要望に応える形で新たな飛躍に向けた試みを行った。
 
まず、今年の1月より昼営業を開始(4.4店のみ)。さらに3月より予約受付を開始(7.4
店のみ)。そして、ファンからのもう一つの大きな要望である「東京に出店してほしい」ということをかなえてみたいと考えるようになった。
 
「成吉思汗だるま」の創業者は、常にラーメン1杯の価格を意識して、低価格で提供することを心掛けていた。【「成吉思汗だるま」の創業者は、常にラーメン1杯の価格を意識して、低価格で提供することを心掛けていた。】
 

東京店への食材供給や人材の体制が整う

東京出店は、現代表である父の代にも想定したことであったが、それを断念した経緯がある。その理由は、フレッシュな羊肉とタレを北海道から東京に届けることができないと判断したこと。また、札幌の従業員を東京に赴任させて、札幌とは違う土地で札幌の店の雰囲気を表現するのは難しいのではと考えた。
 
しかしながら、副社長はこのように語る。「成吉思汗だるまにはファンがたくさんいます。それは、食事を召し上がるお客様だけではなく、当社と長くお付き合いをさせていただいている業者様も同様。今回の東京進出に際して、これらのみなさんからたくさん支えていただきました」という。
 
これら業者に共通した思いは「札幌の羊肉文化を東京に届ける」ということであった。北海道のフレッシュな羊肉とタレを東京に供給することには、先端的なチルドの技術が存在して、父の時代とは異なる科学の発展によって可能になった。
 
東京の店舗の立地を上野御徒町に定めたのは、札幌で店を展開している「すすきの」の空気感と似ているからだという。
 
羊肉は上から時計回りに、「成吉思汗」1290円、「ヒレ肉」1690円、「上肉」1690円。それぞれ札幌での価格よりも10円だけ高く設定した。【羊肉は上から時計回りに、「成吉思汗」1290円、「ヒレ肉」1690円、「上肉」1690円。それぞれ札幌での価格よりも10円だけ高く設定した。】
 
また、この物件ではこの前に韓国料理店が営んでいたが、「成吉思汗だるま」がここを引き継ぐにあたって、前の店舗の優秀な外国籍従業員も引き継ぐことが出来ることになった。そこで、「成吉思汗だるま」を営業するための研修を札幌で受けてもらい、上野御徒町界隈の飲食事業に詳しい人材として活躍してもらうことになった。
 
さらに、副社長の娘である金天憓(キン・チョネ)氏が入社してくれたこともとても心強いことであった。チョネ氏は現在25歳、学生時代から札幌の「成吉思汗だるま」でアルバイトを行い、大学院を卒業後、司法書士の資格をとってこの仕事をしていたが、その後、同店に入社してサブマネージャーとして活躍している。司法書士としても同店の仕事を手伝っている。いまでは副社長がチョネ氏を「4代目」として認めて、商売が100年200年と続くことを大いに期待している。
 
東京出店に際して、札幌の若い社員を東京に赴任させることになったが、札幌当時にチョネ氏とこれらの人材とのチームワークがしっかりと取れていて、東京の店舗ではチームの結束力が増して幸先のいいスタートを切っている。
 
左が3代目で取締役副社長のキン・ユソプ氏、右が4代目と認められているキン・チョネ氏。【左が3代目で取締役副社長のキン・ユソプ氏、右が4代目と認められているキン・チョネ氏。】
 

肉のメニューの価格は札幌より「10円」だけ高く設定

「成吉思汗だるま」のメニューは、メインとなるものが「成吉思汗」1290円(税込、以下同)である。これに「最初のお野菜」230円と「野菜おかわり」230円となる。この「成吉思汗」は創業当時からのもので、羊のモモ、バラ、ウデ、肩ロース、ロースなどさまざまな部位を一皿にまとめたもの。一度も冷凍していないマトンを毎日開店直前に職人が手切りしている。
 
このほか、脂身が多いロースと肩ロースを分厚くカットした羊肉ステーキの「上肉」(数量限定)1690円。羊肉で一番柔らかい部位で1頭から数百グラムしか取れない希少部位の「ヒレ肉」(数量限定)1690円をラインアップ。定番の副菜は「ママの手作りキムチ」395円、「チャンジャ」330円、「韓国のり」286円となっている。
 
副社長によると「肉の価格設定に一番悩んだ」という。そもそも「成吉思汗だるま」は創業者の祖母が「お肉を安い価格に設定して、お腹いっぱい食べてもらおうと考えた店」ということで、東京での肉の価格は、それぞれ札幌よりも10円だけ高くした。つまり、札幌では「成吉思汗」1280円、「上肉」「ヒレ肉」ともに1680円ということだ。「東京で値上げした各10円は、輸送料という位置づけ」とのことだ。
 
お客同士が肩を寄せ合う形でジンギスカンを食べるのが「成吉思汗だるま」流の食べ方。【お客同士が肩を寄せ合う形でジンギスカンを食べるのが「成吉思汗だるま」流の食べ方。】
 
さらに「成吉思汗だるま」ならではの「裏メニュー」も健在である。これはご飯に、残りのタレと同店オリジナルのほうじ茶を掛けて、お茶漬けにして食べるというもの。羊肉と脂のうまみ、タレの味とほうじ茶の香ばしさが加わってサラサラと食べられるのが楽しい名物となっている。
 
札幌の人気店「成吉思汗だるま」が東京に現れたことで、東京のファンはこの上野御徒町に「すすきの」のイメージを重ね合わせて、札幌旅行の追体験を楽しむことが出来ることであろう。
 

 
千葉哲幸(ちば てつゆき)
 
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
 

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