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外食を魅力的な世界に押し上げた際コーポレーションの新路線は「高付加価値」

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第五十九弾

 
中島武氏(76歳)が率いる際コーポレーションは、飲食業界に新しいトレンドつくり続けている。同社の設立は1990年。それ以来、同社は飲食業界に大きな変化をもたらしていると筆者は認識している。
 
中島氏は金融・不動産業から転じて飲食業に参入。「海外の現地で文化に親しむのが趣味」という経験値から「香港のレストラン」を日本で表現しようと、独特の世界観の飲食店を手掛けるようになった。
 
金融・不動産の世界から転じて1990年に飲食業界に参入した中島武氏【金融・不動産の世界から転じて1990年に飲食業界に参入した中島武氏】
 

均一な外食から抜け出した斬新な業態

同社が飲食業界に衝撃をもたらした店は「紅雲餃子坊」である。同店は中国料理の店だが、内装は昔の中国の繁華街の路地裏にあるような雰囲気で、ネイティブな感覚にあふれていた。メニューはこれまでの日本の中国料理や街中華にはない、尖がった食味で記憶に残る仕立て、「黒ごま担々麺」「黒酢のすぶた」「鉄鍋餃子」といった人気名物料理がそろう。最初の店は東京・八王子で1996年にオープン、12席で月商1500万円を売り上げた。
 
この繁盛ぶりを見て、出店のオファーが相次いだ。筆者は1997年1月に横浜の「スカイビル」に1996年9月にオープンした同社プロデュースの店「紅雲餃子坊」を取材したが、同店は32坪で月商3000万円を売り上げていた。客単価は昼1500円、夜2000円。ファミリーレストランより少しアッパーである。とは言え「非日常的な雰囲気」を十二分に楽しむことが出来る。同店は11時オープンだが、オープンと同時に20人程度の行列ができて、それが23時閉店の近くまで続いているといった状態だった。
 
「紅虎餃子房の何がどれほど魅力なのか」となるが、この背景には時代性というものが大きく存在していたと認識している。飲食業界を大きく隆盛させた存在は70年代から80年代にかけて続々と誕生したファストフード、ファミリーレストランのチェーンレストランである。手頃な価格で期待以上の食を楽しむことが出来た。この均一な店が飲食の市場に大きく広がっていった。
 
 1990年代後半から一世を風靡した「紅虎餃子房」はアート感覚にあふれている【1990年代後半から一世を風靡した「紅虎餃子房」はアート感覚にあふれている】
 
80年代後半から「バブル経済」となり、消費者は所得が増えたことから「新しい体験」を求めるようになった。「いつものファミリーレストランではなく、何か特徴がはっきりしたもの」といった感じ。このような潜在的な思いが蔓延する中で「紅虎餃子房」は消費者の琴線に触れたものと思われる。
 
中島氏はこう語る。「飲食店は『売れない』と言われたものだが、それは人と同じことをやっているから。人と違うことをやれば、こんなに売れるのに」同社はその後、物販業や宿泊業なども展開。2023年12月には330店舗の陣容となっている。
 

コロナ禍にあってうなぎ専門店が大ヒット

コロナ禍にあって、同社の動きは冴えていた。飲食業界は行政から営業規制を強いられていて、同社はそれに従った。そして、2021年1月、都知事宛てに時短営業に対する協力金を中小企業ではなく大企業にも広げる要望書を提出した。
 
コロナ禍のさなかに「にょろ助」がヒットしてこの業態に転換していった【コロナ禍のさなかに「にょろ助」がヒットしてこの業態に転換していった】
 
厳しい営業環境にあって、うなぎ専門店の「にょろ助」という大ヒットコンセプトを生み出した。今日、おもに商業施設でうなぎ専門店が活況を呈しているが、そのきっかけとなったのは同店だと認識している。
 
「にょろ助」が誕生するきっかけはこういうことだった。同社では東京・赤坂でうなぎ専門店「瓢六亭」を営んでいた。しかしながら、コロナ禍で赤坂から人がいなくなり、泣かず飛ばずとなってしまった。そこで同社の役員稟議があった。ここでは「撤退」という文字が連なるようになった。最終判断を下す中島氏は「1カ月間時間をくれ」「売れるようにするから」と答えた。
 
中島氏は「潰れるなら、もっと時間をかけてやってみよう」と考えて、新しい売り方に向けて準備に7日間かけて取り組んだ。「夜8時までの時短でも、それに間に合うようにお客がやってくる店がある」という信念を掲げた。
 
新しい店名は「にょろ助」。新しい価格は「鰻重」が「蒲焼一尾」3080円、「蒲焼一・五尾」4180円、「蒲焼二尾」5280円である。二尾の場合は、蒲焼と白焼きの食べ比べもできる。ざっくりと一般的なうなぎ専門店の価格の7掛けと言った設定である。これら原価率は40%強となっていた。中島氏は当時facebookでこんなことを投稿していた。「うなぎ屋を閉めるなら、やぶれかぶれでやってみますよ」と。この投稿があった翌日、最初の営業日で2021年1月23日土曜日の売上は70万円、翌日曜日は90万円を超えた。それ以降、平日50万円、土日100万円が続いた。
 
「にょろ助」のメニューの特徴は実質感が高いことで、そこにお値打ち感がある【「にょろ助」のメニューの特徴は実質感が高いことで、そこにお値打ち感がある】
 

天丼の盛り付けがSNSで映える

最近の話題は、東京駅丸の内南口方面、丸ビルの6階にある天ぷら専門店「天まる」のメニュー設計である。コロナ禍の影響によって同店が営業する飲食フロアでは「居酒屋化」が進み“特別感”が薄らいでいたとのこと。ここにテコ入れを図るために2023年8月にメニューを抜本的に変更した。メインは「季節を上げる天まるコース」。「天まるスペシャル」「季節のごちそう」「当店名物」に分類して、それぞれの「松」の一人前を2万2000円、1万4300円、1万9800円とした。一番下の価格は1万1000円とした。
 
東京駅丸の内南口側にある丸ビル6階にある「天まる」【東京駅丸の内南口側にある丸ビル6階にある「天まる」】
 
このようなコースメニューの一方で、同店の存在感を強烈にアピールしているが「天まるの名物天丼」である。アッパーなメニューは「天まる贅沢天丼」「蟹海老天丼」「蟹天丼」で6380円。このような効果価格帯のメニューだけではなく、ごく一般的な1980円というメニューもある(「天まるはみ出し天丼」並)。
 
こちらは「海老天丼」10尾4180円。この“映える”盛り付けがSNSで来店動機を生む【こちらは「海老天丼」10尾4180円。この“映える”盛り付けがSNSで来店動機を生む】
 
同店の天丼で特徴的なものは、天丼の上の天ぷらの盛り方を立体的にしていることだ。アナゴが入るとご飯から垂直に伸びて生け花のようなアートとなる。「海老天丼」の中に海老15尾5280円があるが、さながら海老天の冠である。これらを注文するお客は、このようなメニューが届くことを知っていて心待ちにしている。それを知ったのはSNSである。さて、実際に圧巻のメニューが届くとこれらをSNSでの発信を始める。
 
同社代表の中島氏は「価格2500円で原価30%と、5000円で原価50%の商品では、どっちがお客様が喜んで、店も儲かるか、分かりますね」と語り掛ける。前者の利益は1750円、後者は2500円。そして、後者は前者より多少高いがお値打ち感は圧倒的である。
 
「天まる」の店頭には同店の特徴である天丼のイラストが掲げられている【「天まる」の店頭には同店の特徴である天丼のイラストが掲げられている】
 
いまコロナが去り、飲食業界は好調である。所得も一様に豊かになってきている。また、外食の経験値の高い人にとって「たまには贅沢な外食を楽しむ」という、ライフスタイルも一般化してきている。コロナ禍で成功した「にょろ助」に始まり「天まる」に受け継がれている「ご馳走の食材を使って原価をかけて、価格は多少高いが、利益も高い」という路線は「飲食業界に希望の光を差し込んでいる」とは言えないか。
 
この路線も1990年代後半の「紅虎餃子房」と同様、飲食業界に新しいトレンドを巻き起こしていると言えるだろう。中島氏が率いる際コーポレーションは、いつも飲食業界に「新しい可能性」というものをもたらしている。
 

 
千葉哲幸(ちば てつゆき)
 
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
 

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