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地域社会におけるさまざまな交流のハブとなり産学官の活動が切り拓かれる

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第四十一弾
いまどき「学食」の存在意義 後編

 
滋賀県長浜市に本拠を置く株式会社nadeshico(代表/細川雄也、以下ナデシコ)という外食企業がある。その同社が、立命館大学びわこ・くさつキャンパス(滋賀県草津市)の学生食堂(以下、学食)の一つを運営受託することになり、昨年9月同キャンパスに「Forest Dining nadeshico」をオープンした。同社がここで学食を営業するようになった背景には格別のことがある。
 
立命館大学くさつ・びわこキャンパスはおもに理系の学部が集まっていて1万3000人の学生が在籍している。【立命館大学くさつ・びわこキャンパスはおもに理系の学部が集まっていて1万3000人の学生が在籍している。】
 

「滋賀県と共に生きる」ことを決断

ナデシコは2007年10月滋賀県長浜市内で創業。代表の細川氏が前職であるJA職員当時に培った生産者と地場産品への思いを飲食の形でお客に提供するという趣旨でスタート。バルや鮮魚居酒屋といった業種業態を展開し滋賀県内で業容を拡大してきた。
 
ナデシコ代表の細川雄也氏。飲食業界の全国的な勉強会活動である居酒屋甲子園の6代目理事長を務めた。【ナデシコ代表の細川雄也氏。飲食業界の全国的な勉強会活動である居酒屋甲子園の6代目理事長を務めた。】
 
そのマインドが高じて2016年12月食材が「オール滋賀県」の店を東京・渋谷にオープン。しかしながら、同店は営業不振が続く。そしてコロナ禍となり、東京の事業は2020年12月に撤退した。細川氏はこう語る。
 
「当社では事業を滋賀県に集中させて、滋賀県と共に生きるという決断をした。そして、誰一人ともクビにしないし、給料の減額はしない。だから安心して働いてほしいということを全従業員集めて説明した。」
 
「これからは『ナンバーワン戦略』を取ろうと。滋賀県のナンバーワン企業となれば、滋賀県で働きたいという人がいると当社を最初に検討してもらうことができる。ナデシコのブランドが知れ渡ると『飲みにいくのならナデシコに行こう』となる。そしてブランド価値が高まると、他店との競争には勝ちやすくなるのでは。」
 
ナデシコが運営する学食はガラス張りで開放感があり、コミュニティルームとしても活用されている。【ナデシコが運営する学食はガラス張りで開放感があり、コミュニティルームとしても活用されている。】
 
「すると、ここの学食の運営先を探している会社様からお声掛けをいただいた。大学では当初大手企業を探していたようだが、コロナ禍でみな手を引いたという。SDGsといった時代の趨勢からして地元の企業に運営してもらうべきではないか。それであればナデシコに、という話になったとのこと。」
 
物件は以前の運営者が撤退した後でスケルトンのフルリニューアル。そこで平面図や厨房設計のプランを同社がつくり、ミーティングを重ねて現在の形にしていった。同社も持ち出しはあったが、厨房設備をはじめほとんどを大学側が負担した。家賃はゼロ、水道光熱費は折半。ただし、約10品目のフードメニューの売価は500円、600円が主流で原価は50%、そこで「商売としてだけの観点では決して儲かるものではない」(細川氏)という。
 
学生が行き交うメインストリートに面していて、授業のない時間帯ににぎわっている。【学生が行き交うメインストリートに面していて、授業のない時間帯ににぎわっている。】
 

行政関連からのオファーが増える

学食がオープンして1年足らずで、これらのプロジェクトは動き始めたところ。現在、具体的に動いているのは「やさいバス」という試みで、同社ではこの研究を食マネジメント学部と一緒に取り組んでいる。
 
「やさいバス」とは農家がその日の朝に出荷した野菜を飲食店が入荷するというシンプルなもので、いま静岡県内で実際に行なわれている。農家が出荷するのは、例えば自分の近くの集会所、農協、道の駅。それを入荷する飲食店は、近くの銀行、小売店、ガソリンスタンドとか。それぞれの近くに野菜を運ぶトラックのバス停をつくり、農家も飲食店もそれぞれワンマイルずつ協力し合うことによって流通コストを抑えるという仕組みだ。
 
店内の中央部にドリンクのカウンターがありディナー帯にはアルコールも提供する。【店内の中央部にドリンクのカウンターがありディナー帯にはアルコールも提供する。】
 
また、立命館大学とのプロジェクトがスタートしてから、滋賀県下の行政関係からのオファーが増えたという。例を挙げると、草津市の隣の守山市役所が新庁舎を建設中で(隈研吾建築都市設計事務所の設計)、その1階のカフェを同社が運営することになった。ここを舞台に立命館大学の学生と一緒に守山市の特産品を発案していくことになる。
 
街づくりの団体からの相談を受けて、今年1月長浜市内に「おさけところも」をオープン。ここは北国街道の入口に位置し、ツーリストと地元民が交わるハブに位置付けている。この6月伝統食の「皿そば 奥伊吹」を米原市内の道の駅にオープン。来年には道の駅の運営も計画されている。
 
「われわれには地域社会の中でやり続けていくという使命があり『地域愛』を込めてトライアンドエラーを行なってきた。このような商売はすぐに儲からないかもしれないが、3年後5年後に実を結んでいくことではないか。こうすることによって地域の人たちに愛されて、いい店になっていくのではないか。」(細川氏)
 
「近江牛ハンバーグ定食(デミソース)」750円(税込)。フードメニューは10品目ほど。【「近江牛ハンバーグ定食(デミソース)」750円(税込)。フードメニューは10品目ほど。】
 
同社は滋賀県の地元産品の活用を掘り下げることをミッションとして企業基盤を固めてきた。コロナ禍を経験して、その道に絞り込むことを決断してから、地域社会に根を下ろす大学の学食運営を委託され、これをきっかけに産学官の活動が切り拓かれるようになった。この学食の事例は地域社会における交流のハブとして大いなる役割を果たしている。
 
ベンチャーの研究機関が活動内容を展示するなど、学内情報のハブとなっている。【ベンチャーの研究機関が活動内容を展示するなど、学内情報のハブとなっている。】
 

 

千葉哲幸(ちば てつゆき)

フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
 

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