コロナ禍にあって40店舗を出店し70店舗体制、スピーディな決断と理念経営が支える
旭日旗をモチーフにしたような赤と黄色の配色を背景にして「レモンサワー50円」「サワー・カクテル99円~」「フード199円~」「生ビール299円」等々、圧倒的な低価格をアピールする看板が、都内の繁華街で増えてきた。特に、渋谷、池袋でよく目にする。
それは「居酒屋 それゆけ!鶏ヤロー」(以下、鶏ヤロー)。同店を展開しているのは株式会社鶏ヤロー(本社/千葉県流山市、代表/和田成司)である。会社設立は2009年10月で、コロナ禍前は二十数店舗であったが、2024年3月末では68店舗(直営25店、社内独立13店、FC30店)となっている。この4年間で40店舗以上を増やした「鶏ヤロー」の原動力とはどのようなものだろうか。
【株式会社鶏ヤロー代表の和田成司氏。高校時代の焼肉店アルバイトから飲食業に親しんだ】
低価格路線でも「客単価2000円」を目指す
同社代表の和田氏は1982年12月生まれの41歳、千葉県野田市で育つ。飲食業に進むことになったのは高校時代3年間焼肉店でアルバイトをしたことがきっかけだ。
和田氏は高校を卒業してから調理師専門学校に進み、卒業後は東京のフレンチに入る。その後、千葉県流山市にあった焼肉の会社に就職し、21歳から27歳まで勤務した。そこで店長からマネージャーまで経験した。
その後独立起業し、2009年10月JR柏駅西口の雑居ビルの中で焼肉店を始めた。25坪、家賃25万円、月商400万円あたりで「そこそこ繁盛した」(和田氏)幸先の良いスタートとなった。2号店は東京・亀有に焼肉店チェーン居抜き物件に出店したが、不運が続き3カ月で撤退した。
【「鶏ヤロー」の個性的な看板。夜になると照明によって派手さは増して注視効果が高い】
ここから「居酒屋をやってみたい」と思うようになった。理由は「居抜き物件で多いのは居酒屋が多く、ロースターが必要ない」ということであった。そして、千葉・本八幡に初の居酒屋業態である「鮭ヤロー」をオープンする。「サーモンの刺身」がメインだが、フックになるものをと「30分299円飲み放題」を取り入れた。売上150万円であったものが、これによって250万円レベルとなった。しかし、この状態では借り入れができない。
ここで、かつて勤務していた焼肉の会社の社長に自分の窮状を語り相談した。すると、同社の取引先が経営している居酒屋が苦戦していて「和田君に店の運営をしてもらえないか、と言っていたよ」という。
そこで翌日、松原団地(現・獨協大学前)にあるその店を訪ねた。近くには低価格均一の焼鳥居酒屋チェーンがあり、同チェーンの中でも売上上位の繁盛店であった。
「どうすれば、うちの店がお客様でパンパンになるか」と。メンバーとアイデアを出し合った。「それはメニューをタダにすることでしょう」「タダでは損をする」――ということで、「ハイボール50円」を打ち出した。周囲から「低下価格路線はおしまいだ」と言われたが、「低価格だとしても客単価2000円になればいい」ということを目標にした。こうして「鶏ヤロー」の原点となる店は、2014年2月4日にオープンした。
この日は朝から雪が降っていた。「俺の人生はついていないな」と思ったというが、オープン1時間前の16時を過ぎたあたりから、店の前に行列が出来るようになった。その日のお客は次々やって来た。和田氏はチャーハンを炒めていたが、うれし泣きでむせていたという。
【「鶏ヤロー」の店内の壁面は「飲み会の会話」のような文言とイラストで埋め尽くされている】
コロナ期間中に増えた物件・人材を獲得する
「鶏ヤロー」のフードは鶏肉を使用したおつまみを中心に約70品目、冒頭で紹介した低価格のドリンクを含めて客単価2000円。客層は「Z世代」と言われる25歳前後がほとんど。店内は衝立や段差のない平面のような構成で、客席は椅子とテーブル。壁には「飲み会の会話」にありそうな文言をイラストや画像を添えてまとめたA4の紙が、ラミネート加工されて張り付けられている。それは例えば「おしぼりで顔を拭く男性、好きです」といった具合である。
オープンは16時で、最初はガラーンとしているが、19時にはどの店も示し合わせたように満席になる。筆者はこの様子から「放課後の部室」を連想した。「Z世代」の行動パターンを理解し尽くしている、という印象を抱いた。
この業態がコロナ禍にあって40店舗以上増やすことが出来た背景について、和田氏はこのように語る。
「まず、コロナ前から物件が空くようになった。そこで場所が良ければ1000万円は売れるだろうと感覚的に思っていたので、家賃が100万、150万であっても取りにいこうと考えていた。そして、コロナになってどんどん物件が出てきた。高級店や家賃が高いところ。当社の出店は居抜きで、設備投資はほとんど行わない方針なので、このような物件にどんどん出店した」
「また、人材も増えてきた。当社には業務委託の仕組みがあって、この制度を使って独立をしたいという人材が入社してくるようになった。このように、物件も人材もどんどん取り入れていくことは怖くもあったが、逆張りで進んだほうがうまくいくと考えていた」
【「鶏ヤロー」のメニュー表。左上にある「三大名物」が看板商品であり注文が集中する】
これらの動向を象徴する店は、1年半前にオープンした渋谷道玄坂店である。元居酒屋チェーンの物件で、道玄坂小路の2階・3階の80坪で2500万円を売り上げている。
同店も既存の「鶏ヤロー」と同様、店内には視界を遮るものはない。「だだっ広い」という感じ。和田氏が「お客様は『楽しい場所』を求めて『鶏ヤロー』にやってくるのですよ」と語る通り、グループ客の隣通しが会話をするようになったり、LINE交換したり、店内の雰囲気が弾んでいく。これがZ世代にとって「鶏ヤロー」が人気のポイントであろう。
アルバイトのKPIによってリファーラル採用につながる
「客単価2000円」「居抜き物件」の居酒屋がブレることなく短期間で70店近い陣容をつくることが出来ているポイントはどのようなものか。和田氏はこう語る。
「コロナ前に20店舗を超える状態になった段階でブレが出てきました。そこで企業理念の浸透やKPIが必要だと考えるようになったのですね。そこでコンサルタントに入ってもらい、理念研修や評価制度を全社的に取り組むようになった。」
【店内は椅子とテーブルだけで構成し、従業員にとっても店内を見渡しやすくなっている】
「アルバイトにもKPIは存在する。このような視点で優秀なアルバイトの表彰を毎月行っている。また、アルバイトの有志を募って、月1回、計4回の『ヤロー大学』を行っている。授業のテーマは『夢の叶え方』で、ワンクール18人だが、これらをスタッフアワードといった機会で発表している」
同社の理念浸透とは「WINWIN=3K」というもの。「WINWIN」とは企業理念で「W=『わくわくオーダーを取り』「I=『いきいき』オーダーを作り」「N=『ニコニコ』で提供する」ということ。「3K」とは「かっこいい・稼げる・叶える」ということ。
特に「3K」の部分は、かつて居酒屋業界に根付いてしまった「きつい・きけん・給料が安い」というイメージを変えていこうという想いが込められている。これらを唱えていながら、形にするためにはどうすればいいか、というこの仕組みがなかった。現在はそれについて社内アンケートによって可視化できるようにしている。そこで「それをどうすればよいか」という対策を取ることができている。
このような活動を継続してきて、アルバイトからのリファーラル採用が定着してきている。「ヤロー大学」経験者のうち80%程度が同社の社員になっている。
また、離職率も抑えられてきている。同社は2023年の段階で直営店は20店舗足らずの状態であったが、アルバイトを募集したのは2回だけ、どの時間帯もシフトが組める状態で人材は整っていたという。
「鶏ヤロー」の急速展開の背景に「企業理念」が存在している。コロナ禍を成長に転じることができたのは、経営者の前向きでスピーディな決断と堅実な理念経営の賜物である。
千葉哲幸(ちば てつゆき)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
「ニュース・特集」の関連記事
関連タグ