「こんな時だからこそ」という枕詞が生み出すポジティブ思考
コロナ禍を乗り切る言葉 後編
ポジティブな言葉は思考をコントロールする
湯澤氏は、今会社の会議で行っている事例を教えてくれた。そのスタンスは「どんなにひどい状況の時にもプラスの部分は必ずある。それを探り出す機会でもある。これは逆境を乗り超える上でとても大事なこと」という。そこで会議で「こんな時だからこそ」という言葉を枕詞にした意見発表を行なった。
「こんな時だからこそ」――
そこで、こんな意見が出てきました。
「お客さま一人ひとりに丁寧に商品説明を行う」
「アルバイトと普段より時間を取って個人面談を行う」
「店内のPOPを新しいものに張り替える」
このように「こんな時だからこそ」という言葉を枕詞にしたことで、会議の空気が一気にポジティブなものになったという。言葉で思考をコントロールするということはとても高い効果をもたらすものだ。
【メインのメニューは本日入荷したもので組み立てている(画像は全て「七福水産」)】
このようなプラスの意思を持たないと、「人件費を削る」「シフトを削る」「できるだけ原価を下げる」「在庫は持たないようにする」という具合に、マイナスの話ばかりに陥りやすいという。
この会議の内容にヒントを得て、湯澤氏は同社にとって「今だからこそできること」を行っている。その一例は、店舗間の従業員をシャッフルすること。同社ではJR大船駅近くに店舗が二つあって、200mほど隔てた近くにあるが、社員はこれまで行き来をしたがらなかったという。板前は自分の城から出たがらず、他人のテリトリーに入ることも嫌がるということが同社では問題となっていた。これができると、二つの店で共通のシフトを組むことができるために、必要とされる人員数が削減できることになる。
そこで、今このような状況にあって社員が二つの店を行き来することは重要なことであることを社員に理解してもらった。
「これに限らず、これまで『忙しい』ことを理由に取り組んでいなかったことがたくさんありました。それがヒマになって出来るようになって、お客さまからのフィードバックがあって本人たちのモチベーションが高くなれば、定着していくことでしょう」(湯澤氏)
社員が経営者のマインドを育むチャンス
【一番人気の「特盛」5点1280円】
現在、社員には「水道高熱費をしっかりと見ておくように」と伝えているという。同社の店はこれまで単月での赤字を出したことはなかったが、今はぎりぎりの状態にある。そこで何度もシミュレーションをしてもらっているが、「利益を取るということはどういうものか」ということを社員に経験してもらうことを意識している。
また、社員には日本政策金融公庫にお金を借りる体験をしてもらうようにしている。そこでお金を借りるための必要な書類や、その意味を知る上でもとても良い機会だと考えているという。
「このようなことは社員にとって、独立を見据えるにしろ当社で頑張るにしろ良い経験だと思っています」(湯澤氏)
社員が店の危機的状況とそれを乗り越えるための経験をシビアにすることによって経営者のマインドを育むチャンスになっていると捉えている。
同社の二つの店は湯澤氏の父の代から続く「地域密着」の店である。今回のコロナ問題の渦中にあってもお客さまは食事や会話を楽しんでいる。これは平時より同社の従業員がお客さまとの接点を大切にしていた証であろう。
【「鯨カツ」580円もお値打ち】
前述した「こんな時だからこそ」という枕詞の会議を行ったことによって、従業員はこれまで以上にお客さまのことを意識して見るようになり、料理を提供する時の商品説明を丁寧に行うようになった。
「最近、人材不足対策としてタッチパネルでオーダーする店が増えてきていますが、当社のアナログの商品説明や接客はこれから大きな競争力になると思っています。今回のコロナ問題はこの当社の特徴をブラスに引き立ててくれることでしょう。当社では、この機会に『大手に勝てる』ことに力を入れているのです」(湯澤氏)
実にポジティブな発想である。そこで過去の経験からこのようにまとめてくれた。
「40億円の負債をかかえていた当時は、いつも『駄目なんだ』『大変なことになる』という具合にマイナスの発想にとらわれていました。しかしながら、ものごとはただ過ぎ去っていきます。自分が予想していた通りになるか否かは別の話ですが。今、不安に駆られている状態はどこかで必ず変化します」
だからこそ、このような状況の中で「今できること」を書き出して、実践に移すポジティブな行動をとることが重要なのだと湯澤氏は説いている。
【天井やPOPがにぎやかな雰囲気を演出】
- 前編はこちらから千葉哲幸 連載第十四弾(前編)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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