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業界常識を変えた「一切れ焼肉」「一人焼肉」を生んだ萬野屋の発想

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第二十弾
大阪・焼肉店「コロナ禍の変」 前編

 
今回は焼肉店の動向を述べたい。コロナ禍は飲食業界にさまざまなチャレンジを促したが、殊「焼肉店」はどうなっているだろうか。取り扱う食材の多くが肉と野菜と限定されることから衛生管理が比較的行き届きやすいのでないか。また、業種的にも専門性が高いことからアクションも俊敏となり、客数の回復も比較的に速いのではないか。このような観点を抱きながら、大阪の焼肉企業の2社の取材をしてきた。実に斬新で、焼肉店業界の新時代を予見するような動向に触れることができた。
 

「一切れ焼肉」「一人焼肉」を生んだ萬野屋の発想

まず、大阪・天王寺に本拠を置く株式会社萬野屋(代表/萬野和成)の動向である。
 JR大阪駅の商業施設「ルクア大阪バルチカ」の店は「一人焼肉」でカウンターの1席に1つロースターが埋め込まれている【JR大阪駅の商業施設「ルクア大阪バルチカ」の店は「一人焼肉」でカウンターの1席に1つロースターが埋め込まれている】
 
同社は1997年9月に設立。焼肉店を開業したのは1999年6月のこと。和牛のサプライヤーも事業としていて、「極雌(ごくめん)萬野和牛」という独自に基準を設けた和牛を流通させている。これは優秀な血統と未経産の雌牛だけを限定し肥育期間も月齢30カ月以上の長期肥育した脂肪の融点が低い旨味の濃い赤身肉が特徴の牛肉である。焼肉店は現在、大阪市内に11店舗展開、客単価は4000円~8000円である。
 
同社の焼肉店は、この業界に新しい売り方を示してきた。
 
まず「一切れ焼肉」。お客が好みの肉やホルモンを一枚ずつ選べる仕組みである。次に「一人焼肉」。これは一つのロースターを複数の人で囲むのではなく、1人1台のロースターで食べるという仕組みである。この売り方は「焼肉ライク」が2018年8月に新橋にオープンして今や全国約50店舗に広がっているが、萬野屋の「一人焼肉」は2017年12月にオープンしている。
 
「一切れ焼肉」が生まれたきっかけについて、代表の萬野和成氏によるとこういうことだ。
この売り方をはじめた店は2011年にオープンした心斎橋の店であるが。同店がオープンする前に萬野氏があるお店に商品チェックをしに行った時、普通の1人前では量が多いことから、店長に一切れずつ10種類くらいを盛り付けてもらい、それを食べながら店長とあれこれと会話をした。
萬野屋が11月より全店で一斉に行なう「Myサイズ」のサンプル。複数でロースターを囲んでも自分のペースで焼肉を食べることができる【萬野屋が11月より全店で一斉に行なう「Myサイズ」のサンプル。複数でロースターを囲んでも自分のペースで焼肉を食べることができる】
 
その後、店長会議の席でその店長がこのようなことを報告した。
「社長が帰られてから、隣に座っていたお客さんから、私にもあんな食べさせ方をさせて欲しい言われました。お断りするのに一苦労しました」と……。
 
萬野氏は、「それだ!」とひらめき、「心斎橋の店は、この一切れ焼肉でいこう」と宣言した。店長のみんなは「えー!」という。それは面倒くさいからに他ならない。でも、「お客様は自分が食べたい食べ方をのぞんでいる。それを提供するのが飲食店ではないか」と。
 
「一人焼肉」はJR大阪駅の商業施設「ルクア大阪バルチカ」の店で取り組んだ。同店はカウンター席がメインとなっていて、二人で来店したときにはロースターを囲むことができない。そこで心斎橋の店の考え方を派生して、1人が1台のロースターに向かう仕組みを考えた。1人前の量も少なく単価を抑えた。この売り方によって女性が1人でも気軽に焼肉を食べる動機を喚起させた。このコンセプトを「My焼肉」と呼んだ。

 

「ソーシャルディスタンス」から「Myサイズ」誕生

ルクアに出店したことが同社とって奏功したことは、「衛生管理意識の徹底」であった。担当者が営業時間中に抜き打ちで店を訪問し、冷蔵庫内の温度やドアの取っ手の菌検査、食材の重ね方など、多岐に渡るチェックを行う。そして、不合格の場合は罰金となるという。これによって同社は大きな情報と教訓を得ることができて、「萬野屋ソーシャルディタンス」という概念が生まれた。そこにコロナ禍がやってきた。
 
そこで同社は経営の安定と次なる事業展開のために6億5000万円の資金調達を行った。この使い道はさまざまだが、最も大きなポイントは、11月より全店舗を「Myサイズ」というコンセプトに切り替えることにしたこと。これは、「一切れ焼肉」「一人焼肉」の集大成として位置付けられている。萬野氏はこのように語ってくれた。

 
「これまで、焼肉の一皿は3人くらいで食べることを想定し盛り付けされていて、大抵は焼き奉行のペースで焼肉を食べていたのではないでしょうか。『Myサイズ』とは、自分のペースで自分だけの皿で肉を焼くスタイルで、『自分一人だけのディスタンス』をキャッチフレーズとして、ポーションを小さくして価格も抑えます。客単価は現状と変わらず5000円を想定しています」
 
まさに業界の常識をガラリと塗り替える大改革である。それが業界全体にどのように影響を及ぼすのか見届けてみたい。
 
(後編)に続きます。

 

千葉哲幸(ちば てつゆき)

フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
 

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