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フードサービス・ジャーナリスト 千葉哲幸 連載第十二弾 「日高屋」高い生産性の秘訣  前編

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「日高屋」が一都三県に集中出店するワケ

「熱列中華食堂 日高屋」(以下、日高屋)の既存店の売上高が2018年11月以来100%を割って推移している。筆者はこの要因を「店舗飽和に過ぎない」と考えている。
「日高屋」を展開するハイデイ日高では昨年12月さいたま市の大宮に新業態としてちゃんぽん専門店「ちゃんぽん菜ノ宮」をオープンしたが(同店については後編で述べる)、ちゃんぽん専門店で先行する「長崎ちゃんぽん リンガーハット」(以下、リンガーハット)と比べると、日高屋の際立った特徴が浮き彫りにされる。
大きく白地で目立つ看板が「日高屋」の特徴
【大きく白地で目立つ看板が「日高屋」の特徴】
 
リンガーハットは2019年2月末に686店、同社ではほかにとんかつの「濱かつ」など112店舗を展開し、総店舗数で約800店となっている。そこで売上高は約470億円で営業利益率は6.3%(2019年2月期)、1店舗あたりの年商は5875万円となる。
一方の日高屋は同じ2019年2月末に約420店舗で売上高420億円、営業利益率は11.3%、1店舗あたりの年商は1億円となる。数字上では日高屋の方がリンガーハットよりも生産性が高い。
 
店舗の布陣で比べると、リンガーハットは約700店舗の陣容が全国であるのに対し、店舗数がその6割に相当する日高屋は関東圏のみで、しかも東京都211店舗、埼玉県108店舗、神奈川県70店舗、千葉県49店舗(2019年年12月末)とほとんどが一都三県である。
 
なぜ日高屋がここに集中しているのか。その理由は高い売上高が見込める立地であることに他ならない。そして、工場が1カ所のみ埼玉県行田市にあるからだ。
そこで現在のクオリティを維持しながら全国展開を進めるのであれば、工場を他のエリアにつくる必要がある。地縁のないエリアに進出することは非常にリスキーだ。
 
日高屋はこのように首都圏集中型で成長してきた会社である。日高屋をテーマとした本記事の前編として、日高屋が今日のように成長を遂げることができた要因について述べよう。
 

御用聞きの「出前」「深夜営業」で顧客をつかむ

筆者は1月23日の焼肉ビジネスフェア2020・居酒屋JAPAN2020を訪ねて、日高屋の創業者であるハイデイ日高の代表取締役会長・執行役員会長の神田正氏の講演を拝聴した。テーマは「たった5坪の中華食堂をどうやって400店舗以上のチェーンに成長させたのか?」というもの。神田氏がラーメン店を起業して取り組んだこと、ブレークするようになったきっかけなど、繁盛店づくりと成長するためのヒントが満載であった。
ハイデイ日高、創業者で現会長の神田正氏
【ハイデイ日高、創業者で現会長の神田正氏】
 
神田正氏は1941年生まれ、間もなく傘寿になるという。出身は埼玉県高萩村(現、日高市)で「日高屋」の店名は出身地に由来する。
中学を卒業後パチプロなどで生計を立てていたが、それを見かねた知人より働き口として浦和のラーメン店を紹介された。神田氏はここで商売としてラーメン店の面白さにはまった。それは、朝店に行く前に、キャベツとか肉などをつけで買って、それが夜になると現金になっている。今でいうキャッシュフローがものすごくいいということだ。
以来、ラーメンの職人として店を渡り歩くようになった。大宮のラーメン店で働いていた時に、常連のお客さまから「岩槻でラーメン屋をやるので、手伝ってくれないか」と言われた。この人物は、神田氏に出資をして店を任せてくれた。これが神田氏にとって初めての「自分の店」である。
 
しかしながら店の前は人通りが少なく全く売れない。そこで、隣に岩槻市役所(当時)があることから、午前中に注文を取って回り、昼時にラーメンやチャーハンなどを届けた。実家から弟を呼び寄せてこの出前の仕事をさせた。
店は深夜2時まで営業するようになった。岩槻は人形の街で、みな家内工業で夜遅くまで働いていて、深夜営業しているラーメン店にお客さまが押し寄せるようになった。
神田氏はこの当時を振り返って「市役所で出前の注文を取る店も、深夜営業をする店も他になくて、ライバルがいなかった」と振り返る。
 
その店をたたもうとしたときに内装業者が購入してくれた。80万円くらい手元に残り、この半分を弟に渡して、別な場所で新しい仕事をしようと考えた。
 

マクドナルドと吉野家の隣に出店していく

「餃子」230円(税込)、「イワシフライ」240円(同)がサブメニューとして有効
【「餃子」230円(税込)、「イワシフライ」240円(同)がサブメニューとして有効】
 
ぶらぶらしている時に大宮のソープランド街である北銀座の近くで間口が二間半、奥行き二間の5坪の物件を見つけ、ラーメン店を始めた。ここで再び弟を呼び寄せ出前を行った。近くのソープランドがお得意さまとなり、出前だけで充分に商売になったという。
その過程で、現社長の高橋均氏が「将来ラーメン屋をやりたいので、ラーメンを教えてくれ」とやってきた。5坪の店に3人いる必要がないので、大宮の南銀座に店舗を確保した。そして、「3人いるからもう一軒出せる」と思い、蕨にも出店した。
 
神田氏は弟と高橋氏に常々「将来頑張って10店ぐらい店を持とうよ」と話していたが、半信半疑だった。そんな二人を蕨駅前に連れていき、こう説得した。「朝勤め人が弁当を持たないで手ぶらで会社に行くようになっている。みんなお昼を外で食べるようになるんだ。赤羽から大宮まで『来々軒』(当時の店)の提灯を付けて見せる」と。
 
多くのラーメン店は、駅前立地は家賃が高いことから出店を尻込みしていた当時、神田氏は、「マクドナルドと吉野家の隣に出せばいい」という発想で、あえて駅前出店にこだわった。しかも、一般のラーメン店の半額に近い低価格である。それが奏功し、今日の一都三県集中型の陣容をつくり上げた。
メニューの価格は一般的な同業の約半分
【メニューの価格は一般的な同業の約半分】
 
銀行から税理士先生を紹介され、「経営方針発表会」の開催を勧められた。そこで店舗展開のビジョンや週休二日制を始めとした福利厚生を充実させることをアピールした。
神田氏はこのように「夢を持つこと、それを周りの人に熱く語ること。これらの一つ一つが、当社の今の原点です」という。
 
 
(後編)に続きます。

 
千葉哲幸(ちば てつゆき)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴36年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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