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フードサービス・ジャーナリスト 千葉哲幸 連載第十弾 OGM榊芳生の教えと事業継承の時代  後編

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「絶対に値下げをするな」「最高のおいしいもの」「最高の雰囲気」

では、オージーエムコンサルティング(以下、OGM)いうコンサルタント会社はどのようなことを成し遂げたのであろうか。
 
同社が外食業界で存在感を大きくしたのは1980年代後半から2000年代の前半ごろで、「チェーンストア理論」を説く代表の榊芳生氏は熱血漢であった。指導先の経営者たちに涙を流さんばかりにあるべき姿を説いていて、特に地方都市の飲食店経営者たちからの支持を集めていた。Webで検索すると、当時の事情通のブログに2003年1月期が会員600社、売上高13億3500万円、社員88人と出てくる。
オージーエムコンサルティング 代表取締役社長の榊芳生氏
【オージーエムコンサルティング 代表取締役社長の榊芳生氏】
 
筆者は1982年4月に柴田書店に入社し、1987年4月より1993年9月まで『月刊食堂』編集部に在籍、同年11月から商業界の『飲食店経営』編集部に移り、商業界には2014年6月まで在籍した。この間筆者はOGMより大きな影響を受けた。社屋は東京・水道橋にあり、柴田書店があった本郷三丁目から徒歩で15分くらいの距離にあったことから、学びを得るために頻繁にOGMに通った。同社での打ち合わせは、同社のコンサルタントが勢ぞろいしている月曜日の午前中を指定され、この時間帯には彼らとの面談を求める全国の飲食業経営者が数十人集まっていた。大きな会議室がそれに充てられていて、「OGMが地方の外食を変える」という熱気に満ちていた。
「OGMはチェーンストア理論」と述べたが、わが国のチェーンストア理論の本流は渥美俊一氏が率いる日本リテイリングセンターである。主に小売業を対象として「価格3分のⅠ」を唱えて「安さづくりで消費者に貢献する」ことをミッションとしていた。
これに対してOGMは、「絶対に値下げをするな」「最高のおいしいもの」「最高の接客」「最高の雰囲気」を唱えていた。この背景にはチェーンストア理論によって、自ら立ち上げた飲食業を倒産させてしまった過去がある。
 
OGMのはじまりは榊芳生氏が創業したのではなく、外食経営コンサルタントの草分けである小熊辰雄氏が1971年に創業した。
榊氏は1937年香川県生まれ。中央大学法学部在学中の1958年、愛媛県松山市内にウナギの専門店「へんこつ庵」をオープンして、中国・四国エリアで多店化していく。事業を進める中で、アメリカのチェーンストア理論を学ぶようになり、経営の仕組みを抜本的に変えるようになった。それは、経験や勘に基づく飲食店経営ではなく、マニュアルとシステムによって多店化していくということだ。こうして3000円で提供していた「うな重」を1000円にすることができたが、かつてのお客さまのロイヤリティは薄れていった。
ウナギはお客さまの顔を見てから捌いていたが、チェーンストア理論を学んでから朝工場で一括加工して、店では素人に焼かせた。ウナギの価格が高騰すると台湾や韓国から冷凍のウナギを仕入れた。こうすることで職場のモチベーションは下がり、お客さまも離れていった。こうして「へんこつ庵」19店舗の段階で1975年に倒産した。
小熊氏にとって榊氏の「へんこつ庵」はクライアントの一社で、小熊氏が社長を務めるオージーエム企画の定款の中に、「ウナギのタレ販売と焼き方を指導する」ことを加えて、榊氏は同社の中でこの事業を進めていく。だんだんとコンサルティングの要素も加わっていき、指導先企業が増えていった。
 
 

「持続可能」のこれからに求められる行動指針

OGMが飛躍したきっかけは、前編で述べた甲羅が1984年9月に「豊橋甲羅本店」をオープンしたことだ。前述したとおり当時隆盛したファミリーレストランよりも客単価がアッパーで豪壮なデザインの同業態は「ファミリーダイニング」という領域をつくり上げて、その後OGMの会員による加盟事例が増えていった。これは時代がバブル経済に差し掛かったことが背景にある。
 10後編 とんQ
【OGMの熱心な会員であったとんかつチェーンの「とんQ」では1983年3月にオープンした創業の店である「つくば本店」を1996年に1億3000万円を投下してリニューアルオープンし、月商がリニューアル前の2倍に相当する2700万円となった。OGMにとって「とんかつ専門店繁盛店」のモデルとなった。】
 
バブル経済が崩壊した1990年代半ば以降から、郊外ロードサイドで「焼肉」「とんかつ」「回転ずし」「ラーメン」といった専門店の出店を仕掛けていった。それぞれの業種の繁盛店をつくっては、会員企業に出店を促して専門店ブームの様相を呈していった。
しかしながら、OGMは2008年3月に経営破綻をする。その直接の要因は定かではないが、2000年ごろに始まる外食の低下価格化、2001年と2003年のBSE騒動など、地方都市で中堅の外食企業として育っていた会員にとっては大きな痛手となっていたのではないか。いずれにしろOGMの榊氏は、地方都市の外食を豊かにした偉大なるコンサルタントであった。2016年1月5日に78歳で他界した。
 
 
地方都市に拠点を置くフードサービス企業は、これからマーケットのシュリンクと戦うことになる。これからは規模的成長ではなく持続可能であることが問われることになっていく。「絶対に値下げをするな」「最高のおいしいもの」「最高の接客」「最高の雰囲気」と唱えた榊氏の外食論は、一斉に事業継承を迎えているOGM草創期の外食事業者にとってあるべき指針として受け継がれていくことであろう。
 
 

 
千葉哲幸(ちば てつゆき)

フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴36年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
 

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