名古屋の繁盛店が、渋谷が拠点の飲食業と組んで7000円の居酒屋を開業
5月10日、東京・渋谷の飲食店が集まる桜丘エリアに「渋谷ぴち天」がオープンした。「ぴち天」とは、まつりグループ(本社/愛知県名古屋市、代表/飯田昌登)が名古屋駅周辺で3店舗展開していて、同社ではかねて東京で営業したいと機をうかがっていた。この間に渋谷で飲食業を展開するエイジアキッチン(本社/東京都渋谷区、代表/吉﨑英司)の吉﨑氏(53)と知己を得て、東京カーニバル(本社/東京都渋谷区、代表/飯田昌登)を設立し、同店の開店に至った。
【飯田昌登氏(右)と吉﨑英司氏。飲食店経営者同士の長年の交流が飯田氏の東京出店の夢をかなえた】
「天然の魚」でメニューを組み立てる
飯田氏(52)は18歳から日本料理店で修業をして、飲食業で独立することを志すようになった。居酒屋に転職して料理長や店長を務めてマネジメントを学んだ。29歳で独立を果たし、以来和食の業態を展開していく。
店名の「ぴち天」の由来は、鮮度が高い「ぴちぴち」とした魚を「天麩羅」で食べていただくということ。メニューは刺し身やすしなど鮮魚を活かしたバラエティを豊富にしている。名古屋の既存店は220席、180席、150席と大型店。1号店がオープンした2009年の当時は客単価が3200円から3400円でスタートしたが、コスパが高いことから繁盛店となり、さらに「時代と共にアップデートしていき」(飯田氏)、冷凍品を使わないなどクオリティアップに努めてきた。現在の客単価は4500円から4800円あたりとなっている。
飯田氏はコロナ禍にあって東京出店を本格的に画策するようになり、さまざまな立地や物件を紹介されるようになった。しかしながら、親交のある吉﨑氏が得意とする「渋谷」で営業することを決意、吉﨑氏も「飯田氏とタッグを組むことで自分たちにとってのメリットは大きい」と考えて、東京カーニバルの設立に至った。
【店舗は地下にあるが、天井高が高く間取りをゆったりとさせてくつろげる空間にしている】
吉﨑氏のエイジアキッチンではハワイに店舗があることから年間6回ハワイに出向いて、この間の東京での店舗運営は社員に委ねている。飯田氏は「渋谷ぴち天」の営業を見ていくと同時に名古屋で12店舗を展開しているまつりグループの運営も行う。このようにそれぞれのノウハウや強みを持ち寄ることで、両者はこれから新しい展開が図れるものと期待している。
「渋谷ぴち天」は地下にあるが天井高が高く、20坪25席とゆったりとした間取りでくつろげる空間となっている。内装は木材とコンクリートのブロックを組み合わせたカジュアルな雰囲気でまとめた。
店舗規模からして名古屋の既存店とは全く異なっていることから、「渋谷ぴち天」は新しい路線で営業する方針を立てた。それは養殖ではなく「天然の魚」でメニューを組み立てる、ということ。例えば、「本まぐろ」は名古屋の場合、畜養のものを使用しているが、「渋谷ぴち天」の場合はアイルランドの「天然本マグロ」を使用している。
日本料理人のセンスが生かされる
「渋谷ぴち天」のおすすめとして紹介してくれたメニューは以下の通り。まず、お通しは旬の食材をトッピングした小さないなりすしを提供している。5月はホタルイカ、6月はアサリ。これで季節感を感じていただき、胃の状態を整えていただく。
【メニューはいずれも実質感がある。高級すし店のクオリティを居酒屋感覚で楽しんでいただく趣向】
「ぴち天 本マグロ太巻」ハーフ3850円、1本7150円(税込、以下同)。天然の本マグロを使用していることから脂がさらっとしている。「天然の本マグロとはこういうことか」と感じさせる。名古屋では、この画像がSNSでバズって、店舗の人気に拍車をかけた。
「車海老天ぷら」1尾1078円。活きた車エビをその場でさばき天ぷらにする。活車エビは握りや塩焼きにもできる。
「ぴち天焼売」1個638円。刺し身用のイカやタコなどをすり身と合わせて仕上げている。
「手羽先唐揚げ」1本385円。名古屋コーチンの雄のみを使用。入荷してから3日間陰干しに熟成させ、自家製のタレで仕上げている。いわゆる「ジューシーな唐揚げ」とは一線を画した「噛むほどに旨味が出てくる」唐揚げ。
「鰹藁焼き」1320円。カツオをわらでいぶした藁焼き。魚は季節に応じてサワラやタチウオに変更になる。
代表の飯田氏はこう語る。
「最近客単価2万円から3万円のすし店が増えてきているが、この店はこれらの店のクオリティがあって、自分の好みの料理が、食べたい順番で食べることができるという居酒屋の要素を活かしていきたい」
メニュー名と価格だけを見ていると高く感じられるが、実際にこれらのメニューを体験すると十分にお値打ち感が感じられる。客単価は7000円を想定していて、外食の経験値の高い客層から支持されるという印象を受けた。日本料理の料理人として鍛えてきた飯田氏のセンスがいかんなく発揮されている。
氷温管理の「生酒」で特徴打ち出す
もう一つ「渋谷ぴち天」の大きな特徴は「酒蔵直送 氷温生樽 日本酒」の存在。これは酒蔵で搾りたての生酒が10ℓの樽に詰められて、マイナス7度のコールドチェーンで入荷。樽は店内でジョッキクーラーに入れて保管し、お客にはマイナス5度の状態で提供するというもの。提供時に樽をお客の席に持っていき、樽からグラスに抽出する。この時に花のような生酒の香りが店内に漂うことになる。
【「酒蔵直送 氷温生樽 日本酒」を注ぐ様子。注ぎはじめると店内に花のような香りが漂う】
この生酒のブランド名は「KEG DRAFT SAKE」というもので、生酒を海外で普及させることを目的に開発された。搾りたてで非加熱の日本酒は、酵母が生きていて酸化しやすい等、品質管理が難しく、また抜栓後はすぐに飲み切ってしまわないと品質が維持できないためにあまり流通していない。これに対して、ビールなどの貯蔵やサーバーに使われる「ケグ」というステンレス製の樽を用いて空気と光を遮断、劣化を防いでいる。
6月にラインアップしている生酒は以下の3種類(価格は各100mℓ)。
「大信州 プレミアム純米吟醸 生原酒」968円。
「貴 純米吟醸 ゴリラスパークリング」858円。
「真澄 純米 生原酒」858円。
生酒を劣化させることなく海外で流通させる技術として、マイナス30度に急速冷凍する「凍眠」という技術を活用した「凍眠生酒」も流通しているが、これらの新技術を活用した生酒が普及することで、今年の夏は生酒がトレンドになって行くものと思われる。
また、クラフト焼酎のラインアップにこだわりを見せる。現状は以下の5種類。
「十四代米焼酎(米)」803円。
「なかむら(芋)」693円。
「大和桜 紅芋(芋)」693円。
「佐藤(麦)」693円。
「クラフトマン多田 キャンティブラウン(麦)」693円。
【カウンター席にはネタケースが見えるようになっていて従業員との会話が弾む】
昨今、飲食店を取り巻く環境は食材や人件費、電気料金の値上がり等によって「値上げ」が迫られている。では、実際にどのようにして値上げをすればよいのだろうか、知恵と工夫が重要である。そして、顧客は外食の経験値が高くなっているという現実がある。「渋谷ぴち天」の客単価7000円は、メニューの内容を十分に評価しうる顧客によって支えられていくことであろう。
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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