ミシュラン大衆業態の部で評価される韓国料理店では能力ある女性社員を重用
2022年11月、東京・学芸大駅から徒歩5分ほどの場所に「韓国スタンド@(アットマーク)」という飲食店がオープンした。店名が示すとおり同店は韓国料理の立ち飲み。フードメニューはありきたりのものではなく、手間暇がかけられていてクオリティが高い。ずばりおいしい一品料理がそろっている。11坪で30人程度のお客を収容できる。若い女性が3人で運営していて、彼女たちの朗らかでてきぱきとした仕事ぶりが心地よい。
【学芸大学駅から徒歩5分程度の場所に店がある。店頭はガラス張りになっていて開放感がある。】
フードメニューは、380円、680円が主要価格帯で40品目程度。これで客単価は3300円程度。学芸大学は飲食店のはしごを楽しむお客が多く、あまり長居をしないでこれくらいの客単価で収まるところが多いようだ。
【マッコリ、クラフトビールともに韓国産のものをそろえている】
同店の店長は竹口美穂さん(43)。料理に向かっているときは集中している姿が凛としていて、ときおりスタッフの仕事ぶりに「いいねぇ~」と語りかける。そして、朗らかに笑い、スタッフが笑顔になって店の空気がやわらかなものになっていく。同店はオープンして半年が経っているが、リピーターに加え遠方からお客がやってくる繁盛店となっている。それは、竹口さんの人柄が大きなポイントだが、竹口さんを店長に起用した企業文化が背景にある。
【たいていは若い女性スタッフが3人で運営。朗らかでてきぱきと働いている雰囲気が心地よい。】
ビブグルマンによって店舗展開に自信
「韓国スタンド@」を経営するのはSOME GET TOWN(本社/大阪市西区、代表/山崎一)。同社が展開する大阪・福島の「韓国食堂入ル」と東京・恵比寿の「韓国食堂入ル坂上ル」はビブグルマン(『ミシュランガイド』で「5000円以下の優れた店」という評価)の常連で、特に看板メニューの「参鶏湯」にファンが多い。
山崎代表(42)の母・朴三淳(パクサンジュン)さん(81)は韓国で国家調理技能士一級の免許を取得した女性初の人物で、大阪・鶴橋で韓国料理店を営んでいた。山崎代表が母の飲食業を継ごうと決意したのは、サラリーマン当時外食する機会があるたびに「母の料理はおいしいと確信して、後世に残したいと考えたから」(山崎代表)という。同社の料理は「朴三淳のレシピ」が絶対的なものであり、従業員の誰もが「料理の母」としてリスペクトしている。これまで展開していた店舗は「朴三淳の料理」を粛々と提供し続けてきた。
「韓国料理」は「母の手料理の味」が一番なのだそうだ。韓国料理の店に行くとテーブルに調味料が置いてあり、お客はそれらを使って注文した料理に自分で味付けをして「母の味」に近づけるという。同社の場合は、この論をお客の立場ではなく経営の立場で行っているもの。そこで山崎代表は「味がぶれることが懸念されるので、店数を広げるのは難しいのではないか」と考えていた。
「韓国食堂入ル」が『ミシュランガイド京都・大阪2018』で初めてビブグルマンを獲得した時に、日ごろ優秀だと注目していた女性従業員が「東京でこの店をやらせてほしい」と申し出た。山崎代表は「大阪から東京へと遠距離で営業して朴三淳の料理が再現できるだろうか」と不安に思っていたが、その店「韓国食堂入ル坂上ル」は『ミシュランガイド東京2021』でビブグルマンを獲得した。「朴三淳の料理」に再現性があることが証明され、またこれをもって店舗展開ができるという手応えをつかんだ。
コロナ禍で退社するが代表から誘われる
「韓国スタンド@」は同社の8号店としてオープンしたもの。東京では2店舗目となる。店長の竹口さんは、ビブグルマンを獲得した恵比寿の店で働いていた。恵比寿の店はビブグルマンによってたちまち注目されて忙しい店となったが、コロナ禍となっていきなり厳しい環境に見舞われた。
竹口さんは兵庫・淡路島の出身。大阪でOL勤めをしたのち東京に出てカジュアルレストランでサーバーをしていた。本格的に飲食の道を志すようになり、仕込みから調理も行う介護施設の飲食部門に就職。子供の頃から韓国料理に親しんでいたことから、韓国料理の技術を身に付けようと考えた。介護施設の勤務が早番で午後4時に終わることから、夜の時間に韓国料理店で働こうと、見つけた職場が恵比寿の「韓国食堂入ル坂上ル」であった。しかしながら、コロナ禍に見舞われる。店は休業するようになり、竹口さんは本業の介護施設に専念するようなった。
【店長の竹口美穂さん。介護施設の調理部門で働きながら、将来韓国料理店の開業を志したことでSOME GET TOWNと出合う。】
コロナ禍が落ち着いてきた昨年、竹口さんは山崎代表から「うちの会社で新しい店をやらないか」と声を掛けられた。竹口さんは「自己流の韓国料理」の店を開業しようと考えていたことから、最初は躊躇したという。しかしながら、山崎代表が考える新しい店とは「立ち飲み」。山崎代表は竹口さんにこのようにビジョンを語った。
「当社の既存店は、これまで『朴三淳の料理』を継承していくことをモットーとしているが、料理の幅を広げるカジュアルな店をつくりたい。そのためにこの新しい挑戦を竹口さんに任せたい」
このような山崎代表の思いに共鳴した竹口さんはSOME GET TOWNに戻り、新しい店の物件探し、契約業務、業者との交渉、メニューづくりに至るまで山崎代表と行動を共にした。物件は駅から徒歩5分と距離感としては至便なイメージがあるが、駅前の飲食店が集まるエリアからは車が行き交う道路を挟んでいて、店は住宅地の中にある。この物件ではこれまでさまざまな業種・業態が入れ替わって営業していた。
【チヂミは具材をふんだん使っているのが特徴。「ニラ」480円はこんな具合。】
「独立開業の疑似体験」を経験
山崎代表の構想にあるように「韓国スタンド@」のフードメニューは朴三淳の料理をベースに、立ち飲み店ならではお一人様に好まれるおつまみを工夫した。「とりあえず」を冠にした「自家製キムチ」「自家製ナムル」「韓国のあて」を20品目強ラインアップしてクイックに提供。海鮮、ねぎ、ニラは素材感を強調してオリジナリティを打ち出した。「朴さん家の朝食」として韓国料理定番の一品料理を6品目ラインアップしているが、筆者としては「蒸し豚(ボッサム)」680円が印象深い。蒸し器で丁寧に調理されていて温かくて柔らかい。そしてフードメニューの締めくくりとしてSOME GET TOWN名物の「参鶏湯」980円を置いている。提供するときはぐつぐつと煮立っていて、漂う湯気に旨味が感じられる。この一連の様子が「ビブグルマンの系列店に来た」という食への満足度を高めてくれる。
【丁寧に調理された「蒸し豚(ボッサム)」680円は、温かくて柔らかい。】
竹口さんは、「韓国スタンド@」を立ち上げるまで山崎代表と行動を共にしてきたことを「独立開業の疑似体験をさせてもらった」と語り、「竹口美穂流の韓国料理店づくり」にいそしんでいる。そして、朗らかに仕事を楽しんでいる様子には「天職」という言葉を連想させる。
山崎代表は「私は人材ありきで出店を考えている。恵比寿も学芸大学の店も任せてみたい人材にお願いした」と語る。ちなみに同社は8店舗展開しているが女性店長は4人存在する。これまで同社の中に培われてきた「朴三淳の料理」をリスペクトするマインドが、仕事にひたむきな女性を重用する社風を築き上げているのだろう。
【SOME GET TOWNの名物料理「参鶏湯」980円は「ビブグルマン系列店」を彷彿とさせる】
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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