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「労災保険」は、飲食店経営者の強い味方! 飲食店経営で必要な労働法

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社労士 浦辺里香が指南する「はじめての飲食店経営で必要な労働法」Vol.2

 
飲食店における従業員の事故といえば、「包丁で手を切った」「鍋に触れてやけどをした」など、業務に直接関係する怪我が思い浮かぶでしょう。しかし意外にも、最も多い事故は「転倒」という調査結果が出ています*1。
 
事例として、
「お盆に料理を乗せて運んでいたところ、テーブルに足を引っかけて転倒した」
「食器を下げるために階段を降りる途中、段差につまずいて転落した」
「キッチンの床が濡れていたため、滑って転んだ」
このようなケースが挙げられます。
 
また、年齢的には30歳未満の事故が多いとされる飲食業ですが、転倒による怪我については50歳以上が約6割を占めています*1。今後、シニア世代の従業員が増える可能性を考慮し、転倒を含む事故防止に努める必要があるでしょう。
 
では、もしも業務中に事故が起きてしまった場合、事業主はどうすればいいのでしょうか?今回は、労働災害発生時に使う「保険」について紹介します。
 

健康保険証は使えない!?

突然ですが、皆さんがお持ちの健康保険証は「どんな怪我にも使用できるわけではない」、ということをご存知ですか?
 
人間ドッグや美容整形といった、日常生活に支障がない診療については、健康保険を使うことはできません。また、交通事故や暴力行為によって受けた怪我は、加害者である相手が医療費を負担することになるため、「第三者の行為による傷病届」という書類の提出が必要になります。
 
そして労働災害についても、健康保険を使うことはできません。医療機関で怪我の原因について聞かれた際に「じつは仕事中に…」と説明をした時点で、労働災害として扱われます。よって、専用の書類を持参しなかった場合には、医療費を全額支払うことになります。もちろん、書類を提出すれば返金されるので心配ありません。
 
それでは、労働災害で使う保険は、いつどこで誰が加入するのでしょうか?
 

労災保険とは?

仕事中の怪我や病気、または通勤途中での怪我について補償する保険があります。それが「労災保険」です。給付の内容は、医療機関等で治療や投薬を受けることができたり、労災事故により仕事を休む期間の賃金の一部が補償されたりと、労働者の「もしもの事故」に対する補償を行います。
 
しかし、労災保険は店舗の営業を始めたからといって、自動的に加入とはなりません。労働者を雇用した時点で、事業主が労災保険に加入する手続きを行う必要があるのです。

具体的には、「労働保険成立届」を管轄の労働基準監督署へ提出し、事業の存在を確認してもらうことで労災保険に加入できます。
余談ですが、社員やアルバイトといった名称を問わず、週20時間以上働く労働者は「雇用保険」への加入義務があります。雇用保険への加入は管轄のハローワークで行うため、労災保険とは別の手続きが必要となることをお忘れなく
 
なお、これらの財源となる保険料についてですが、労災保険は労働者の負担はありませんが、雇用保険は労使双方で負担しています*2。
 

労災保険の使い方

では実際に、仕事中に怪我をしてしまった場合の対応について確認してみましょう。
 
まずは、労災指定の給付請求書の作成が間に合わなかった場合、医療機関等の窓口で治療費を全額支払います。この際に、健康保険証は使わないようにしましょう。自宅近くの病院を受診した等の理由から、労働者本人が負担するケースもありますが、事業主が付き添うことで労働者の代わりに支払うこともできます。
 
逆に、労災指定の給付請求書を持参した場合は、医療機関等の窓口へ書類を提出することで無償で治療が受けられます。労災指定の書類を入手するには、インターネットの検索エンジンで「労災 書類」と入力し、厚生労働省のサイト*3から給付請求書(医療機関等の受診の際には「様式第5号」)をダウンロードします。そこへ労働保険番号や労働者情報など必要事項を記入し、医療機関等へ提出します。
 
ちなみに、労災指定されていない医療機関等を受診した場合には、治療費を全額支払った後に、労働基準監督署へ費用を請求する流れとなります。一時的とはいえ、費用負担を少なくするためにも、できれば労災指定医療機関等を受診することをおすすめします。
 
その後、療養のために仕事を休まなければならなかったり、リハビリのために病院を変えたりする場合には、その都度必要な手続きを行うことで労災給付の支給が続きます。このように、労働者が仕事復帰できるまでしっかりと補償してくれるのが、労災保険なのです。
 

顧客ファースト、その前に

業種によって労働災害の種類や頻度は異なります。しかし、飲食店の労働災害は増加傾向にあるのが現実です。おもてなしや顧客ファーストの前に、従業員の安心・安全を徹底することで、より充実したサービスの提供が可能となるでしょう。労働災害の未然防止につとめるとともに、万が一事故が起きてしまった場合には、事業主の強い味方である「労災保険」を利用してください。
 
*1 飲食店の労働災害防止マニュアル/厚生労働省 p4,p5
*2 令和5年度雇用保険料率のご案内/厚生労働省
*3 労災保険給付関係請求書等ダウンロード/厚生労働省

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文:浦辺里香 特定社会保険労務士、ライター。飲食店などの接客・サービス業を中心に顧問を務める。趣味はブラジリアン柔術(茶帯)、クレー射撃スキート(元日本代表)。
 

 

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