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代々木上原で29年続く名店「笹吟」を事業承継して「二代目店主」が誕生

右が㈱代々木上原、代表の近藤大輔さん、左が「笹吟」二代目の田中颯さん。
「惜しまれて閉店する」という事例は多々あることだ。同じ場所で長く営業してきて、常連客に愛されていたということであればなおさらのこと。
今回のお話は、1996年に開業した和食と日本酒の名店が、店主の高齢化によって閉店することになったということ。そのお店を継承する会社が現れて、2代目店主となる人物を探し出して、創業者がつくり上げてきた“店の技と世界観”を継続して、顧客をひろげようとしている、と言う内容である。
このお店は「笹吟」という。東京・代々木上原駅(東京メトロ千代田線、小田急電鉄)の南口から沿線を歩いてすぐの路面にある。店名の「笹吟」とは、その昔宮中に仕える女性たちが使っていた女房詞で“酒”を意味する「笹」を「吟ずる」「吟味する」という言葉に重ねたもので、酒と真摯にむき合い楽しむお店でありたいという想いが込められている。
【店舗は、千代田線代々木上原駅南口よりすぐ、線路沿いにあって分かりやすい】
洋食店オーナー兼ソムリエが和食に転向
同店が創業したのは1996年のこと。創業者で初代店主はもともと東京・青山の洋食店でオーナー兼ソムリエをしていた成田満さん(71歳)で、日本酒の魅力に引き込まれて「笹吟」を開業した。
成田氏が愛着を込めて全国から集めたプレミアムな銘柄から希少な一本まで、幅広く日本酒を取り揃えて、料理は旬の食材に最適な調理を施して提供する。空間づくりにも意匠が施されていて、建材には自然素材が使用され、天井に施した木材の配置によって、店内を照らす照明が、まるで竹林の中で食事をしているような気分を醸し出してくれる。「笹吟」は、まさに季節のマリアージュを楽しむ空間である。ちなみに店舗規模は22坪・37席(カウンター10席)、客単価は7000円から8000円あたり、アルコール比率は30%となっている。
また「笹吟」は、2021年に「ミシュランガイド東京」のビブグルマンに選出された。これは長年にわたり「笹吟」を支えている料理長の高柳登志夫氏(53歳)がつくる料理の一品一品が、お店の提供方法や雰囲気と相まって、評価されたものである。
このように数々の逸話を持つ代々木上原の「笹吟」であるが、創業者で店主の成田さんが、昨年、周りの人々に「閉店しようと考えている」と語り掛けるようになった。
ここで、「笹吟」が閉店することを検討するようになった、ということが、どれほど惜しまれることなのか、同店のメニューの特徴的な品揃えを紹介しておきたい。
【品揃え豊富で裏メニューもあり、よりベストなマリアージュを楽しませてくれる】
既成概念にとらわれない「創作和え物」
まず「笹吟」の食事のコンセプトは「創作和え物と珠玉の日本酒で四季を味わう」というものだ。名物となっているのは、常時約20種類を取りそろえる「和え物」。どれも手間暇を惜しまず丁寧に仕上げられていて、和食の既成概念にとらわれない自由な発想にあふれている。これらは、同店で常時60種類以上ラインアップされている日本酒とのベストなマリアージュを提供することが出来る。
この夏の創作メニューの一部を紹介しよう。
■「桃とスナップエンドウの白和え」850円

やさしい甘さとほのかな酸味を持つ旬の桃と、シャキシャキとした歯ごたえのスナップエンドウを合わせた、まろやかな白和え。
■「鴨といちじくのブルーチーズ和え」950円
濃厚でコクのある鴨肉に、甘くとろける旬のいちじくと風味豊かなブルーチーズを合わせた、日本酒に合う創作和え物。
■「鴨と久世茄子の冷製」1500円
皮が柔らかく、肉質が締まった久世茄子と鴨を合わせた一品。オクラ。ミョウガ、生姜を添えて、さっぱりと味わうことが出来る。
■「鯛の薄造り」1800円
上品な旨味を持つ天然鯛の魅力を最大限に引き出した一皿。新鮮な鯛の身を極薄に引き、口に含むとふんわりととろけて、日本酒に良く合う。
■「めばるの煮付」2800円~(大きさによって価格が変動)

注文を受けてからじっくりと煮上げる「笹吟」定番の煮付。ふっくらとした身、椎茸やごぼうの付け合わせに程よい食感があり旨味が浸透している。
■「自家製 すっぽん雑炊」950円
滋養豊かなすっぽんの旨みをたっぷりと引き出した、体に染みわたる一品。活すっぽんから店で丁寧に煮出しただしは、奥深くまろやかに仕上がっている。(価格はすべて税込)
事業承継後、変革することで進化していく
さて、「笹吟」創業者である成田さんが、この店舗の行く末を、閉店なのか、事業譲渡なのかと悩んでいた時に、話し合いを重ねた末、「事業承継をさせていただきたい」と成田さんに申し出たのが、株式会社代々木上原(本社/東京都渋谷区)の代表取締役、近藤大輔さん(43歳)である。
近藤さんは、飲食店の独立・開店のサポートを行う株式会社上昇気流(本社/東京都渋谷区、代表/笹田隆)に15年ほど勤務し、「笹吟」のある代々木上原エリアの環境については熟知していた。実際に約120の飲食店の独立・開店のサポートを行ってきた。現在は、自身で飲食店経営を行いながら、事業展開を画策している。
代々木上原の動向を熟知している近藤氏にとって、「笹吟」の代々木上原での存在感はとても偉大なものと受け止めている。季節の食材を使った創作和え物で日本酒とのマリアージュを生み出す様子に常々感銘を受け、そして、成田さんはカウンターの中で仕事をしながら「日本酒は四季を豊かにしてくれるお酒」ということを教えてくれた。
そして、近藤氏は「笹吟」を事業承継することになり、成田さんのマインドと技術を継ぐ店主を捜すことになった。
そこで、「笹吟」の二代目店主「候補」となる、田中颯(はやと)さん(30歳)と巡り合った。田中さんは、大学卒業後、酒販業者の株式会社はせがわ酒店に入社。販売店で酒類販売の基礎を学ぶ。のち、MIRAI SAKE COMPANY株式会社、妙高酒造株式会社、株式会社浅野日本酒店で勤務して、日本酒と料理とのペアリングや、その提案力を磨いてきた。
こうして田中さんは、2024年11 月より二代目店主「候補」として「笹吟」に勤務。創業者の成田さんと一緒に仕事をしながら、成田さんが描いている、日本酒と料理のマリアージュの世界観を引き継いでいった。お店が事業承継後の7月7日からは、田中さんから「候補」が外れて、正式に「笹吟」二代目店主となった。
このような形で、全国の至るところで、「街の宝物」として育ってきた飲食店が、消え去っていく危機が存在している。それを事業承継していくことは、そのお店がつくり上げてきた街の文化を継承することであり、そこからさらに変革をもたらすことで、その街は、より魅力的なものに育っていくことであろう。
【店内はまるで竹林の中で食事をしているような雰囲気で、先代のこだわりが伝わってくる】
千葉哲幸(ちば てつゆき)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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