「非効率」な接客サービスを充実させるためのCK兼の会員制居酒屋
新宿ドミナント「絶好調」の効率化作戦 後編
前編で述べたことは、絶好調が新宿エリアに8店舗展開している店舗の仕込みを効率化するために、そのエリアの中心となるポイントにセントラルキッチン(以下、CK)を設けたことであった。そのCKは「利益をつくるCK」をうたい、仕込みの他にゴーストレストランを3店舗運営していること(ウーバーイーツ活用)、さらに夜の時間帯にカウンター席を中心とした15席のリアル居酒屋を営業することになったが、それを「会員制」にしたということだ。なぜなのだろう。
「会員制」がもたらす和みやすい空気感
その理由は、「15席と狭い店で専従者が2人とすくなくサービスが行き届かない可能性があること」、そこで来店するお客が全員会員ということによって、「お客同士に安心感が生まれ、店としても実験的なことを行うことができるのでは」と考えたからだ。
この会員制居酒屋は複合ビルの空中階にある。1階にここで営業している店舗のすべての店名が描かれた看板があるが、実際の店舗の前にはインタホンがあるだけだ。予約制であるからお客はここで名前を告げて店内に入る。今時のいわゆる「接待を伴う店」ではないから、いつもの絶好調の元気のいい若い男性従業員が接してくれる。
さて、お客が入店してから店内のお客が自分の知らない人であっても、「同じ会員」という意識が働き、すぐに空気感が和んだものになる。
席に着いて、ファーストオーダーのドリンクと一緒に「八寸」800円が付いてくる。日替わりだから、会員にとって楽しみなサービスだ。
【ファーストドリンクとともに提供される「八寸」800円(7月25日)】
フードメニューは「冷菜」「温菜」「サラダ」「アテマキ」「酒あて」「小丼もの」「甘いもの」といった中心価格帯が500~600円のものが約30品、「おまかせコース」が4種1480円と6種2580円の2種類。他に黒板メニューが4~5品、筆者が訪ねた日は手のひらほどの大きさで厚みのある生牡蠣が980円で用意されていた。
ちなみにメニューの中には「番外」として「洗い場お手伝い」300円引き、「セルフビール」100円引き、「調理補助」300円引き、というものがある。会員のお客が店の作業を手伝うと料金から引いてくれるということだ。現状会員は120人程度(7月下旬現在)で客単価は4000~4500円程度となっている。
客席の上には、新宿エリアの店舗が店長ないし女将のイラストと看板商品となるメニュー名を掲載したチラシが置いてあり、これを持参してこれらの店を回ると、当日限定でどの店も10%オフになる。「系列店はしご酒」という趣向だ。
【会員が予約をしてきてボトルキープをお願いすると、瞬時に当人の画像を張り付けたボトルを提供する】
店内の壁には会員の名前がずらりと書かれたものが張られていて、名前の下に正の字で来店した数が引かれている。筆者は2回訪問しているので正の字は「T」の形をしている。たくさんの知り合いの名前が載っていて、既に「正」の字になっている人もいる。このような人を見つけるとジェラシーに似たものを感じる。
同社としては、ここで大きく稼ごうとしているわけではない。絶好調ファンのお客にふらりと立ち寄ってもらい、絶好調の隠れ家を楽しんでいただこうという趣旨だ。
ここで述べた以外にも絶好調ファンを喜ばせる小技がたくさんあって、同店の気配りの引き出しの豊富さに感動する。
店内での接客サービスを充実させるために
飲食業がCKを構えるということは、企業文化がすべからく効率化に向かっているような印象を抱く人もいるかもしれない。しかしながら、絶好調は「接客サービスが秀逸な飲食企業」という側面もある。
同社の企業理念は、「わたくしたちは夢とありがとうのあふれる社会をつくります お客様の笑顔のため 業界に繁栄のため 日本を元気にするために!」というものだ。
「ベストサーバー」を選出する「S1サーバーグランプリ」は、これまで14回開催されているが、第10回で松村康夫氏(同社専務取締役)、第14回で高橋夏穂氏(同社人材育成統括)と、同社の幹部社員の2人が優勝している。この事実は同社の理念が高度に浸透していることの証であろう。
ちなみに同社では今年2期目となる新卒採用を15人行った。これによって社員は50人体制となった。接客サービスの新人研修は主にOJTで行われる。
筆者はこれまで同社を取材してきた経験から、同社が目指す「大家族経営」「竹林組織」という結束力の強い企業文化が存在していることを認識している。新人の接客サービスの教育では、お客の心情を考えさせて、お客への語り掛けを実行させる。その際に新人は「失敗を恐れずに」、先輩たちは「肩を押してあげる」。そこでお客さまが喜んだとき、そうでもなかったときの振り返りを、新人が先輩に報告し、自らその理由を考えて、接客サービスを重ねていく。
このように店の現場で最も重要になることは、お客に従業員が接するタイミングであり、それが店に醸し出す良い空気感であり、心地よい店の記憶に他ならない。この実に「非効率」なお客との絆を一層深めていくために、絶好調は「効率化」を推進するCKをつくったものと考えている。
【店内の壁には、絶好調の既存店がオープンした当時の集合写真を張ってあり、絶好調ファンの会員が懐かしむ】
- 前編はこちらから千葉哲幸 連載第十八弾(前編)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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