廃棄されていた部位や食材をメニュー化してWin-Winな経営環境を育てる
「マグロスタンダード錦糸町本店」という店が5月10日、JR錦糸町駅南口近くにオープンした。経営するのはPay it Forward(本社/東京都墨田区、代表/宮崎元成)。同社はコロナ禍の真っただ中2021年3月に同じく錦糸町に「マグロと炉端 成る」を創業。5月にオープンした店で4店目となる。この店の店名を和訳すると「マグロの標準」ということになる。この店名のとおり、この業態には“マグロ”で商売をすることにチャレンジングな姿勢がある。
【宮崎元成氏は勉強熱心でかつチャレンジ精神が旺盛で人を引き付ける力がある】
取引業者のお困りごとを解決
「マグロスタンダード」は2022年3月、最初の店が門前仲町にオープンしていて、ここでは斬新な取り組みを行った。それは、“マグロを食べつくす”といったメニューづくりがなされているということ。これは代表の宮崎氏がCSV経営を学んだことに起因する。CSV(Creating Shared Value=共有価値の創造)はハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授らが提唱する経営モデル。そのポイントは、社会的価値と経済的価値を同時に追求し、実現することにある。「社会課題に取り組みながら利益を上げていく」という経営モデルがCSV経営だ。
門前仲町の店は取引業者に「困っているものは何か」ということを尋ねることからスタートした。その過程で例えば、野菜のカット工場で、キャベツの芯が余っていることを知った。そこでキャベツの芯を活用したコールスローなどを開発。廃棄されることの多いネギの青い部分を活用した商品も併せて開発した。
さらに、マグロの内臓肉が廃棄されているということを知り、独自に「マグロ焼肉」を考案。マグロの内臓肉を焼肉スタイルで提供した。
このような取り組みによって、昨年の3月から12月までの9カ月間で、キャベツの芯:84㎏、ネギの青い部分:64㎏、マグロ腸管:85.4㎏、マグロ肝臓:123.5㎏、マグロ心臓:51.1㎏、マグロ胃袋:39.5㎏を使用。これらの本来廃棄していた部位を活用したことで、取引業者に新たな利益をもたらした。そして業態としても高い収益性をつくることができた。
それはまず、マグロを赤身だけではなく、内臓からエラに至るまで丸ごと提供するということ。新しい食べ方として「マグロ焼肉」をラインアップした。この丸ごとマグロを新しい調理法によって「マグロの標準」をつくっていくという姿勢がある。
【オープンキッチンにしてかつカウンター席をテーブルの高さにしていることから従業員とお客との距離が近い】
マグロを食べ尽くすメニュー構成
「マグロスタンダード」の2店目となる錦糸町の店を「錦糸町本店」としたのは、この店を拠点とした試みをしていく狙いがある。
まず、門前仲町店のCSV経営に基づいたメニュー設計は踏襲する。これらに加えて「すし」と「ワイン」のメニューを備えている。すしは熟成魚で握りをラインアップ。白身魚の場合、津本式で血抜きを施し、低温の氷水(真水)で寝かせることで魚が持つ酵素の力で旨味を引き出す低温酵素熟成を採用。熟成マグロは生本マグロを血抜きはせず、低温の冷風を当てながらゆっくりと熟成させることで旨味を引き出している。
ご飯に使用する酢は、伝統ある尾道造酢の赤酢とそれに合う米として滋賀県産の「キヌアカリ」を使用、少し甘めに仕上げている。各テーブルに土佐醤油を備えて、それをすしタネに刷毛で塗って食することを推奨している。
ワインのラインアップは、外国人客や海外出店を視野に入れた品揃えで、すしをはじめとしたメニューとのペアリングを推奨している。
【さまざまな調味料を取り揃えることでリピーターに応えている】
おすすめメニューは以下の内容。まず、お通しは「マグロぶつ刺し」1人400円(税込、以下同)。これもCSV経営に則って、小売業では引き取ってもらえないさまざまな産地のマグロを合わせて提供。「生本マグロの握り」1カン500円。熟成をかけて旨味を引き出している。
「マグロスタンダード錦糸町本店」を象徴するメニューとして位置付けたい意向。「闇盛り刺し」980円。マグロのホルモンの刺し身の盛り合わせで、その日のおすすめの部位を提供。「マグロ頬肉生レバ刺し風」530円。味わいが濃厚な希少部位の頬肉をレアに近い火入れをしてレバ刺し風にして提供。「本マグロ焼きすき」1680円。脂がのった本マグロの中トロを軽く炙ってすき焼きのように卵と一緒にいただく。「希少部位3種盛り」880円。マグロのホルモンの焼き肉。その日のおすすめの部位を提供。
これらのメニューから、これまでの居酒屋メニューではない「マグロスタンダード」ならではの存在感を感じることができるだろう。客単価は4000円あたりで推移している。23坪43席、月商1000万円で推移している。
アルバイトから社員へなって行く
代表の宮崎氏は1991年5月生まれの32歳。飲食業の経営者としては若いが、飲食業界のサラブレッド的に頭角を現している。
まず、宮崎氏は鮮魚の卸業を営む父の背中を見て育った。こうして飲食業に親しみを感じて経営者を志すようになった。独立したのは前述の通り30歳を目前にしていたとき。それまで内山正宏氏が率いるMUGENに勤務していた。内山氏は居酒屋甲子園の原点となる「てっぺん」を大嶋啓介氏と一緒に立ち上げた人物。宮崎氏が内山氏の元で働くことになったきっかけは、宮崎氏の父が内山氏と交流があったことから。
宮崎氏は学生時代より飲食業でアルバイトをしていて、父に「もっと厳しい環境で飲食業の勉強をしたい」と相談したところMUGENを紹介された。そこで大学3年生のときから同社でアルバイトを始めた。大学卒業後は2年間海外生活を体験。そしてMUGENに就職し、横浜、丸の内と主にビルの飲食フロアにある店舗を経験してきた。同社の海外事業で香港での勤務も経験した。そして、コロナ禍でありながら、独立開業を果たす。
【「マグロ焼肉」を編み出してマグロの楽しみ方を広げている】
宮崎氏はMUGENの内山氏からの教えを自身の経営にいかんなく発揮し、特にチームづくりでは注目されるようになっていった。創業して2年ながら4店舗を擁しているのは人材が育っているからである。採用は主としてアルバイトから社員になっていくリファーラルの採用で、このような組織の環境が「人が育つ」循環につながっている。経営を重ねていくにつれ、社員が毎月1人程度増えていくようになり、この7月には15人になる。
冒頭で述べた、宮崎氏のCSV経営の学びは若手飲食店経営者の勉強会「外食SX」で得たことで、ここでの学びが新しい業態を生み出す推進力となった。「マグロスタンダード門前仲町店」で実践してきた未利用部位の活用の内容を前述したが、この実績と労務環境を改善してきていることを、3月22日に開催された「CSV AWARD2023」で発表したところ、6チームが登壇した中で大賞を受賞した。筆者はこの大会に審査員として参加していたが「飲食業界の世代交代」が力強く進んでいることを実感した。
【“マグロを食べ尽くす”メニュー構成で客単価は4000円程度】
飲食業界を改革しようと学びを求める若い経営者が集まり、彼らが独自にその改革の成果を競い合う環境から、新しい生産性の仕組みと、働く人々が幸せを実感する労働環境を築き上げている。宮崎氏はそのヒーローとなり、また宮崎氏を目標とする若い世代が新しい時代を築いていくことであろう。
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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