「築地玉寿司」が「技術力」「接客力」「人間力」を磨いている理由
“廻らないすし店”の挑戦 後編
「築地玉寿司」を展開する玉寿司が現社長4代目の方針によって“廻らないすし店”にこだわり、さまざまなシーンを想定して業態開発を展開してきたことを前編で述べた。これらを支える「技術が備わった会社」「誇りを持って働くことのできる会社」にしていくために4代目が構想を温め、それを実現しているのは「玉寿司大学」である。
2~3年かかる教育内容を100日間で習得
「玉寿司大学」とはこうなっている。
玉寿司の新卒採用は例年10人前後で、基本的に男女とも「調理師」として採用している。「玉寿司大学」とはこの新卒をきちんと育てることを目的に2017年に設立したもの。ここで身に着けてもらうことは「技術力」「接客力」「人間力」。一般的に2~3年かかる教育内容をカリキュラムに落とし込み100日間と習得できるようにした。これが終了し、検定試験を受けて、合格すると晴れて現場に出ることができる。
この段階ではまだ一人前ではないが、仕込みをしたり、半戦力となる。さらに現場で仕事を覚えて、習熟していき、4つの検定試験を受ける。これらに合格すると一人前の板前として免許証をもらうことができる。
「免許証をもらっても、まだ初心者マークがついているような状態。そこからは、自分が実際にカウンターに立って、実地で本当のお客様に鍛えられていく。このような環境がようやく整いつつあるという状況です」と4代目は語る。
【「玉寿司大学」ではすしだけでなく日本料理全般の技術も指導する】
「玉寿司大学」はなぜ必要だと考えたのか。
「これまで新卒が入って面倒見のいい店なら新卒も成長するのですが、面倒見がよくない店に入ると若い子は面白くない。そんなことで辞めていくということがありました。しかし現場に責任があるわけではないし余裕がない。若い子にとって練習時間がないですからずっと試合をしているという感じ」
では、営業時間前に練習をすればいいのでは。
「そう考えて直面したのは『労働時間』の問題。『これは練習です』と言っても、労働としてみなされてしまった。われわれは強く反発しましたが、すでに国として決めたことで従わざるを得ない」
「そこで、練習時間をどこでどうつくるか、となって『大学』の構想を発案しました。これは新卒に給料を払って学校に通わせて、という具合に会社が100%負担することになります。ものすごい先行投資がかかりますから、この構想は会社の財務体質をよくしてからでないと実現することができない。そこで発想をしてから実際に開校するまで10年近く時間がかかりました」
前編で述べた、4代目が「バブル」の傷跡を乗り越えるということはこういうことであった。
【「玉寿司大学」では「接客力」も重視して指導している】
教える側もスキルが向上していく
「玉寿司大学」は今年の4月に7期目を迎える。この間、どのような効果が見られているだろうか。
「開校当初は社内の腕のいい板前さんがメイン講師を務めていましたが、いまは1期生2期生が中心となっています。講師陣もちゃんと論理立てて教えることによって、自分自身のスキル向上につながっています」
「さらに『採用』の面で飛躍的に安定しました。当社にはきちんとした教育カリキュラムがあって成長する環境が整っていることを先方の進路指導の先生に説明すると、おすし屋さんを希望する子たちに薦めてくれます」
「玉寿司大学」は玉寿司という会社にとって明確にプラスの循環をもたらしている。これらの環境を踏まえて4代目は“廻らないすし店”の存在意義をどのように考えているのだろうか。
「当社ではご提供スピードが間に合わないのであれば無理にお客様を入れてはいけない、ということを数年前から実践しています。席にお客さまがある程度入っていても、伝票が回っていなかったら、入店しようとするお客様をお断りしなさい、と。『そこが空いているのになぜ入れてくれないんだ』と言われたら『いま板前が一生けん命寿司を握っているのですが、ご提供に時間がかかっていて。それでもよかったら、どうぞ』という感じです」
【すし板前の本当の「技術力」「接客力」「人間力」は実際にお客と接して鍛えられていく】
4代目は「営業に無理な状態が少しでもあると店のすべてが荒れてしまう」と考えている。そこで同社がいま新規に出店する店舗はみな20~25坪と小さめとなっている。かつては70坪くらいの規模であった。同社では1店舗1店長という体制を遵守し、この店長が全体を把握できるように心掛けている。
4代目は「商業施設で50坪の程度の物件が出てきて、他のテナントさんの業績がいいと分かっていてもスルーしています」と語り、あくまでハートフルな“廻らないすし店”にこだわっていこうとしている。
- 前編はこちらから千葉哲幸 連載第四十七弾(前編)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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