NEW ニュース・特集
「働き方改革」を徹底し「共感」でつながる「従業員ファースト」の会社目指す

東京・御茶ノ水の、明治大学駿河台キャンパスの近くに「鮪のシマハラ」という居酒屋がある。フードメニューはマグロがメインで客単価5000円あたり。マグロ好きの目的来店客が集まりなかなかの繁盛店である。
同店を経営するのは鮪のシマハラ株式会社(本社/東京都千代田区、代表/島原慶将〈やすゆき〉)。島原氏は、2004年から18年にかけて中国・上海でマグロをメインとした居酒屋で成功した人物。これらの事業を譲渡して、日本でビジネスを切り拓こうと、19年6月に上記の店を出店した。このほかに現在は水道橋と汐留横丁に3店舗構えている。
【新事業店舗の「鮪のシマハラプラス」は神田小川町の路地にひっそりと存在する】
同社の一番の特徴は、週40時間労働、週休二日制という「働き方改革」を行って、採用や従業員の育成を安定させていること。その同社では「10人10店舗10皿」という新しい事業を打ち出し、その第1弾となる『鰻のシマハラプラス』を昨年12月にオープンした。
同社では、この「働き方改革」と新しい事業構想によってどのような展望を描いているのだろうか。
発展を予感させる中国に渡り「マグロ」で成功
島原氏は大学を卒業後、上場準備中の小売業に就職。その後、上司に誘われて起業を手伝っていたが、その会社が倒産したことから、モラトリアムの生活を過ごすことになった。
すると隣国の中国では、2008年に北京オリンピック、そして10年に万国博覧会の開催が控えていて、「これから中国経済が発展する」といった雰囲気を感じ取り、「まあ、行ってみるか」と、04年単身で中国に渡った。
あるとき香港に行ったところ、中国の人がすし屋さんで、大トロ、大トロ、ウニ、大トロ、イクラ……という感じの食べ方をしていた。これで日本の感覚で20万円くらいをポロっと支払っている。そこで「マグロの商売をやってみるか」とひらめいた。島原氏は高知のマグロ漁師の子息で、マグロを食べて育って、マグロが大好きだという。
そこで、父の伝手でマグロの仲卸を紹介してもらい、中国でマグロの販売を始めた。当時は築地のマグロの仲卸も海外に拡販したいと思っていたという。そこで、仲卸の人たちから資金を集めて、それを元手にして商売をはじめた。
当初は、電動自転車に乗って中国人スタッフと一緒に、日本料理の店を一軒一軒まわって営業した。当時はサーモンが人気で、マグロのことはあまり知られていない。そして、値段を聞いて真っ赤になって怒り出す人もいたという。
そこで、自分でマグロの飲食店をやった方が手っ取り早いと、マグロがメインの居酒屋を始めた。それが2005年。島原氏にとって飲食店の経験は、学生時代に大箱のチェーン居酒屋でアルバイトをした程度であったが、見様見真似でなんとか営業をはじめた。その店がドーンと当たって、24席の店がたちまち日本円で1000万円を売るようになった。そしてFCも手掛けるようになり、上海とその近くに直営14店舗、FC3店舗を展開するようになった。
【「鮪のシマハラプラス」の店内は20坪・28席とカウンターとテーブル席で構成】
社会人「第三章」として事業の花を日本で咲かせたい
島原氏は中国の事業が安定してきたことから、今度は日本で事業を起こしたいと思うようになった。島原氏にとって社会人の「第一章」が大学を卒業してサラリーマンになって、モラトリアムの生活を過ごしていた当時。「第二章」が20代後半に中国に渡って、商売を起こして安定するようになったこと。そして「第三章」は、日本に戻って、再びの事業の花を咲かせることだ、と。そこでビジネスマンのピークでいられるのは、45歳から60歳あたりではないかと考えたという。
そして2018年に東京にやってきた。これから1年間は会社登記や業界の視察に費やした。これから手掛ける事業は、島原氏が大好きな「マグロ」を扱うこと。卸や、流通、小売りもしかり。そこで始めたのが、駿河台にある『鮪のシマハラ』神保町店である。
【日本での事業1号店「鮪のシマハラ」神保町店は専門店としての風格が感じられる】
島原氏は、オープンにそなえてSNS戦略にいそしんだ。『ノート』に自分の想いをつづって、ファイスブックに転送して、それを更新し続けるようにした。これが飲食業関連の人々によく知られるようになった。1号店は、オープンして初月に570万円を売った。
コロナによって、営業は厳しい状況となった。しかし、借り入れをして、水道橋、大手町と出店。その後、大手町は閉めて、2023年8月に汐留横丁に出店した。当時『ノート』に綴っていたことは「採用率100%、離職率95%」ということ。当時50歳の自分が、20代のアルバイトスタッフとのコミュニケーションが上手くいかないことを悩んでいた。
そこで考えたことは「働き方改革をしないと、人は集まらないし、飲食の業界はよくならない」ということであった。
【「鮪のシマハラ」のメニューは、マグロの刺し身から内臓、居酒屋メニューで構成】
「お客様に信を問う」ではなく「働く人に信を問う」
島原氏はこう語る。
「私は中国での『プチ成功』に浮かれていたようです。日本でも5年で年商30億円くらいの会社に成ることができると思って、日本で商売をはじめました。しかし、日本の実態はそうではない。人が採用できてもすぐに辞めてしまっていました」
「その対策としてまず、ランチをやらない。ランチをやると一日13時間拘束になります。ランチ営業は疲れます。そのまま夜の営業に入ると、働く人に笑顔は生まれません。そこで働き方改革を行なうと、会社に人は集まってきて笑顔が生まれるのです」
【鮪のシマハラ㈱の代表、島原慶将氏は「従業員ファースト」で事業を組み立てている】
仕事は夜の時間に集中して取り組んでもらい、そして土日しっかり休む。給料は業界水準以上を支払う。そこで、「人材は定着して、うちの会社は絶対にこれから大きくなる」と考えるようになったという。
そこで、事業に対する考え方も大きく転換した。
「当社は『鮪のシマハラ』ですから、会社の中がマグロでつながっていればいい。小売業界にいた人間が「マグロの売り方を極めたい」ということであれば、うちに入って働いてみてはどうかと」
「これまで飲食店は、『お客様に信を問う』ということを行なってきました。つまり『うちの店は、お客様にとってどうですか』と、お客様のご機嫌をうかがっていたということ。そこで、当社では『飲食業に働いている人に信を問う』という考え方をするようになりました。『鮪のシマハラのスタンスはこうだ』と示して、労働時間、働き方、給与などをしっかりと示して、『鮪のシマハラどうよ』ということです」
冒頭で紹介した「10人10店舗10皿」事業の第1弾「鮪のシマハラプラス」は、フレンチの料理人と飲食店の企画などを担当してきた人物がマネージャーとなって、すしのコースを新しいスタイルで提供する店となっている。
【「鮪のシマハラプラス」のメニューは「季節のコース」8800円(税込)一本】
これからは、イタリアンやフレンチ、すしといった料理ジャンルのルーツを問わないで、挑戦する意欲のある人に店を任せて、その料理人なりの「マグロ愛」を表現する店を10店舗展開していくという。これには同社が築いてきた「働き方改革」の仕組みをきちんと取り入れていくとのこと。「このように多様な人が集まることによって、当社の足腰は強くなっていくことでしょう」と島原氏は語る。
島原氏の事業に対するビジョンには「どのような商売を営むか」ではなく、「どのように情熱を共有するか」という視座に立つ「従業員ファースト」の想いが感じられた。
千葉哲幸(ちば てつゆき)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
「ニュース・特集」の関連記事
関連タグ
-
個性的な個人店の魅力を「未来に残すビジネス化」でFC事業につなげる
-
個性的な個人店の魅力を「未来に残すビジネス化」でFC事業につなげる
-
キッチンカー開業支援・運営サポートを行うベンチャー企業
-
キッチンカー開業支援・運営サポートを行うベンチャー企業