ホテル事業を推進することで飲食業をより魅力的な業界にしていく
飲食の価値を創造する「保村ワールド」 後編
「MOTHERS」代表、保村良豪氏はホテルのプロデュースも行うようになった。この分野の最初の仕事は、2018年8月東京・西新宿にオープンした「THE KNOT TOKYO Shinjuku」(以下、ザ・ノット)。13階建て客室数400、40年間営業していたのを、いちご地所が譲受して「ライフスタイルホテル」にリノベーションするという構想であった。
ライフスタイルホテルとは、既存の都市ホテルやビジネスホテルと一線を画した、お客がライフスタイルのままで利用し、地域社会に開かれた存在ということ。そこでこの西新宿のホテルの1、2階に『MORETHAN』という飲食施設を構成しMOTHERSが運営を担当した。
【ホテルは新築で6階建て(高さ制限)、落ち着いた街の雰囲気に同化している。】
観光地「京都」の魅力を高めるルーフトップ
そして、また新しいホテルが誕生。MOTHERSが飲食やロビーなどのパブリック部門のプロデュースを担当した「NOHGA HOTEL KIYOMIZU KYOTO」(以下、ノーガホテル)がこの4月1日、京都の清水寺の麓にオープンした。同ホテルは野村不動産のプロジェクトで、MOTHERS は2020年9月にオープンした秋葉原のホテルのプロデュースで初めて参画した。こうしてホテルのプロデュースは「ザ・ノット」は西新宿、広島、そして4月20日にオープンした横浜で3つ、「ノーガホテル」が2つの計5つとなっている。
いずれのホテルもレストランは「MOTHERS」のクオリティで、オールディダイニング(早朝から深夜まで食事を提供)に位置付けられる。ベーカリーを付帯しているパターンもあり、製造の工程が見える他、出来上がりのパンが随時品揃えされて、宿泊客だけではなく地元密着の役割も果たしている。
【1階のロビーにベーカリーがあり、パンを製造する工程を見ることができる。】
「ノーガホテル清水京都」では、同ブランド初の試みとなる「ルーフトップバー」の意匠を大いに凝らしたという。保村氏はこう語る。
「京都は観光地であるからこそ、ホテルは街を見渡せる存在であることが重要。街を歩いていて、ちょっと疲れたから『ルーフトップでいっぱい飲もうか』という感じ。朝1階でパンとコーヒーを買って6階のルーフトップに行く。そこでゆったりとした時間を過ごす。ランチも食事を終えたらここでコーヒーを飲む。夜は夜でルーフトップを楽しむ。ここではすべてのテーブルで火を囲んでいる。山の麓に位置しているから山の空気が流れている。そこで火を囲んでみたくなる。これは人間が営々と抱いてきた感覚。」
この発想は狙い通り。ここのルーフトップは宿泊客以外でも利用が可能で、全時間帯共に利用客でにぎわっている。1階にはMOTHERSが運営するレストランがあり、ルーフトップから1階の食事に移るお客のグリーティングをスタッフ同士が連携をよくして利用客の満足度を高めている。
【ロビーもMOTHERSがデザインしたもの。開放的で安らぎを感じさせる空間。】
ホテルと農業を加えてより豊かな業界にする
筆者は西新宿の「ザ・ノット」と京都の「ノーガホテル」を体験した。ここで如実に感じたことはMOTHERSが担当するレストランをはじめとしたパブリック部門が、それぞれのホテルの価値観を高める役目を大いに担っているということだ。MOTHERSのクオリティは高級ホテルのハレに対応したものはなく、半歩上の豊かさを十二分に感じられる。これが「地域社会に開かれた存在のライフスタイルホテル」に求められていることであろう。
保村氏はこれまでのホテルプロデュースの経験値から「飲食がホテルという不動産の価値を高める存在になると、ホテルにとっては掛け替えのない存在になって、飲食業が投資をしなくても飲食業を運営できるようになる」という。さらに、MOTHERSがパブリック部門を運営していることで、ホテルの存在価値が高まっているという事実から、ここで働いているMOTHERSの従業員のモチベーションは著しく高まっているという。そこで、同社ではホテルでの成功体験を重ねていき、このような飲食業の在り方の道しるべになっていきたいとしている。
【入り日を間近にしたルーフトップバーの様子。山々に囲まれた京都の雰囲気がダイレクトに伝わる。】
MOTHERSがホテルプロデュースを推進している理由には、飲食業界を継続的に働くことができる職場にしたいという狙いが込められている。ホテルの業務にはベッドメイクのようなバッグヤードの業務もあり、高齢に達しても仕事を継続することができるからだ。このような職場環境をフルに活用することによって、「飲食業を生涯働くことができる業界」に育てていきたいと考える。
このような発想によって、これからは農業も同社の事業に位置付けたいとしている。
「飲食にかかわっていると生産にかかわりたいと思うようになる。そこで当社が全国的に農業のネットワークをつくることで、どこで農業をしたいかという希望も叶える。そして、産品は当社で買い取るようにする。」(保村氏)
【ホテルの1階にあるレストランのキッチン。入口のすぐ近くにありライブ感が伝わる。】
飲食業の中に、ホテルや農業が加わることによって、飲食業のキャリアプランはより豊かなものになっていくことであろう。これらが飲食業界の常識となっていくことによって、飲食業界をより魅力的な業界にしていきたいと、保村氏は考えている。
- 前編はこちらから千葉哲幸 連載第三十九弾(前編)
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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