「築地玉寿司」がコロナ禍にあって見出した“隠れ家的な大人すし店”
“廻らないすし店”の挑戦 前編
「築地玉寿司」のブランドで主に東京圏の百貨店で“廻らないすし店”を営む玉寿司では、昨年11月1日東京・築地の本店2階に同社の31店目となる「鮨 本店上ル」をオープンした。ここは以前宴会場として稼働していたスペースで、それを39.5坪・19席のゆったりとした店舗に改装した。
同社が創業したのは大正13年(1924年)、今年で100年目を迎える。その記念の意味を込めた出店でもある。この陣頭指揮を執ったのは現在の社長で4代目の中野里陽平氏。4代目はすし文化と“廻らないすし店”としての商売を独自のスタンスで守り通している。
コロナ禍で察知した新しいすしの市場
4代目は「鮨 本店上ル」を開業した経緯についてこう語る。
「ここは太平洋戦争のときにB29の焼夷弾によって焼け野原となった場所。ここから玉寿司の復興をやりきったのは私の祖母である『中野里こと』です。それは、この地で商売を続けてきたのはわれわれにとって誇りであり魂が宿っている。そこで、ことの世界観をどこかで表現したいと考えた」
玉寿司を創業したのは中野里栄蔵氏とこと氏の夫婦。しかしながら、栄蔵氏は1945年49歳で他界した。こと氏は「玉寿司を頼む」と栄蔵氏から言われ、玉寿司の2代目となり、4人の子供を育てながら女性板前と経営者となって店を復興させた。このストーリーは『こと~築地寿司物語~』としてまとめられ、舞台となっている。
【玉寿司2代目中野里こと氏は4人の子供を育てながら女性板前、経営者として奮闘した】
店内には余計な装飾がない。カウンターは一枚板ではなく古材をつなぎ合わせたものを使用。ここに「質素」の思想がある。壁には大木の幹をイメージした力強い油絵が飾られ商売復興の情念として伝わってくる。「鮨 本店上ル」は完全予約制でメニューは「店主のおまかせコース」のみ。板前が丁寧にすしをにぎって目の前のお客に食べていただく。客単価2万円を想定している。
一方、同店の開業はコロナ禍ならではの経営的な観点も存在する。これについて4代目はこう続ける。
「ここが宴会場だった当時、企業様の大きな宴会が入ってにぎわっていました。しかしながらコロナ禍で社用の需要がほぼゼロになった。一方で3~4名様程度のプライベートな需要は存在した。これは身内の人たちによるちょっとしたお祝いといったもの。そこで、親しい少人数で『ありがとう』を伝える場所でおすしを楽しむシーンは増えていくのではないかと考えた」
同店はオープン以来予約客で盛況。コロナ禍にあって外食市場の中に「完全予約」「客単価2万円」という新しいマーケットを切り拓いている。
【「鮨 本店上ル」には質素でありながら凛とした空気感が漂っている】
「バブル」期の失敗を乗り越える決断
4代目が社長を引き継いだのは2005年2月、32歳の当時。しかしながら同社の経営状態は順風満帆というものとは程遠いものだった。2000年当時の同社では「バブル」という時代の傷跡が大きく存在した。経営判断の一つの誤りによって、大きな負債を背負ってしまった。
4代目は会社が再生を果たす上でとにかく「良い会社」をつくりたいと考えた。社員が生き生きと働き仕事に誇りが持てる会社にしたいと常に念頭に置いた。規模は大きくなくても筋肉質の会社、脆弱な経営体質を何年かけても強化していこうと考えた。「100年、150年の経営を見据えて取り組んできました。心のこもった一貫のおすしは廃れることがないと確信がありました」と4代目は振り返る。
すしの業界では“回転ずし”という低価格で訴求する業態が勢力を増してきた。しかしながら、同社ではあくまで“廻らないすし店”にこだわってきた。同社の主流の業態「築地玉寿司」は、百貨店の顧客にとって“プチ贅沢”といった存在感で3000円台、4000円台のメニューが映える。
また“すし居酒屋”といった形で、自分たちのすしを仲間と一緒に日常の贅沢をよりカジュアルに飲んで食べるという業態。さらに食べ放題の店を若者が集まる商業施設で営業している。そして、前述した「鮨 本店上ル」のことを4代目は“隠れ家的な大人すし店”と呼んでいる。
「いずれにしろ、当社のすし店が軸としていることは職人が目の前にいるお客様のために握る、ということです。そして、仕事は“難しい”ということが重要。これによって従事している人がもう少し頑張ろうと思い成長を実感できる環境となり、参入障壁も高くなります」(4代目)
【東京・築地にある「築地玉寿司 本店」。戦後焼け野原の状態からこの場所で復興した】
この同社のポリシーを守り続けるために4代目は会社の中にある仕組みをつくることを画策し、それを実現している。この内容については後編で詳しく述べる。
(後編)に続きます。
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
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