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IPOに向け事業構造をシンプルにして、バランス取れた三つの業態を整える

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フードサービス・ジャーナリスト千葉哲幸 連載第六十三弾

 
株式会社INGS(本社/東京都新宿区、代表/青柳誠希)という飲食企業がある。飲食業はコロナ禍でさまざまに転換したが、INGSの場合は「進むべき方向性が定まった」という印象を筆者は抱いている。
 
同社が設立したのは2009年3月で、筆者は2015年ごろに同社がある飲食ブランドの加盟店となったことで同社代表の青柳氏(40歳)に取材をした。そして、この3月末に再び青柳氏に取材をする機会があった。いま同社の事業は、ラーメン店、イタリアンバルの「CONA」、「焼売のジョー」の三つの業態で進んでいるという。この路線はコロナ禍にあって整ったことである。同社は、コロナ禍でどのようなことを経験して、どのようなビジョンを描くことになったのであろうか。
 

加盟していたチェーン本部を事業承継する

青柳氏は、学生時代にスポーツをしていたが、けがをしたことでスポーツから離れることになった。そこでアルバイトをしようとなり、東京・新宿ゴールデン街や新宿三丁目でバーを営む父の店を手伝うようになった。これを継続していくうちに「自分も店を持ちたい」と思うようになった。就活では外食企業を訪問して、いくつかの会社から内定を取り付けた。
 
大学4年生の11月に、父の店の隣のラーメン店が閉めることになり、父はそこを引き継ぐことを相談された。そこで父から青柳氏に「ラーメン店をやってみないか」と打診された。
青柳氏は「これは大きなチャンスだ」と感じて、企業に就職する道を取り止めて、ラーメン店で起業することを決断。そしてもう1つラーメン店を構えて、2つのラーメン店で経営基盤をつくっていった。
 
 INGS創業の業態はラーメンで(2009年3月)、飲食企業の道を整えるために2017年12月に「らぁ麺はやし田新宿本店」をオープン【INGS創業の業態はラーメンで(2009年3月)、飲食企業の道を整えるために2017年12月に「らぁ麺はやし田新宿本店」をオープン】
 
その後、青柳氏の友人が「CONA」の加盟店となり、その渋谷の店を手伝うことになった。「CONA」とは、ワンコインピザをメニューの特徴として掲げ、フルボトルワインが1900円から楽しむことができるという、イタリアンを若いお客がカジュアルに利用することができる業態。青柳氏は、ここに大きな可能性を感じて「CONA」への加盟を決めた。
 
2011年11月上野に加盟1号店をオープン、ここの売上がにわかに跳ねた。「CONA」は収益性が高いことに加えて自由度が高く、加盟店であっても「自分たちの店」という感覚があったという。こうして同社では「CONA」の展開を推進していく。
 
当時の「CONA」は加盟店が主体で約50店舗チェーン展開をしていた。これらの加盟店の中でINGSの店が10店舗と店数が一番大きい状態にあった。そこで、当時のオーナーから事業承継の相談があった。そして、INGSが新しく「CONA」の本部となった。
 
一方、INGS創業の業態であるラーメン店をどのように推進していくかということにも検討を重ねていた。青柳氏はこう語る。
「われわれとしては創業の街である新宿で商売を継続したいし、清湯(ちんたん)の澄んだスープで、和食やすし店のような雰囲気の店を路地裏でやってみたいと考えていたのですが、いまの新宿本店の物件と巡り合って、その狙い通りとなって、ものすごい行列の店になりました」
 
「らぁ麺はやし田」をはじめとしたINGSのラーメン店は清湯(ちんたん)で、麺の茹で上りが1分間と短く、ファン層が広く、クイックに回転していく【「らぁ麺はやし田」をはじめとしたINGSのラーメン店は清湯(ちんたん)で、麺の茹で上りが1分間と短く、ファン層が広く、クイックに回転していく】
 
この店が、今日「らぁ麺はやし田 新宿本店」と称される、同社のラーメン事業を象徴する店である。そして、それぞれのラーメン店はステルスFCの形で展開していくことになった。
 
同社では、ここからIPOに向けた会社組織体制づくりに取り組むことになった。さまざまなブランドに加盟していたが、「CONA」とラーメン事業に集中するために順次売却して会社の組織をスリムにしていった。2018年8月のことである。
 
イタリアンバル「CONA」の1号店は上野店(2011年11月)で、この店の売上がにわかに跳ねたことから、この業態の展開に注力して、2018年8月にチェーン本部を事業承継した【イタリアンバル「CONA」の1号店は上野店(2011年11月)で、この店の売上がにわかに跳ねたことから、この業態の展開に注力して、2018年8月にチェーン本部を事業承継した】
 

出店の機会損失を解消する新業態

そして、時代はコロナ禍となっていく。「CONA」は大きなターミナル近くで展開しているが、この店と同じような20坪30坪の物件が空くようになっていた。同社ではその物件を取得したいが「CONA」では出店が難しい。そこで、物件獲得の機会損失を感じるようになった。
 
INGSには「成長したい」というエネルギーがある。そこで、後の「焼売のジョー」のアイデアの源となる業態と出合った。かねがね「新業態は専門店で」と考えていたが、その店がヒントとなって新業態が定まった。そこで、コロナの最初の緊急事態宣言が明けた2020年6月、川崎に「焼売のジョー」1号店をオープンした。
 
「焼売のジョー」は「『CONA』とほぼ同じ店」ということが特徴である。店舗規模、厨房のつくり方、オペレーションもほぼ一緒。違っていることは商品だけ。「焼売のジョー」の焼売は店内で包んでいてクオリティが高い。お客は「焼売を食べるためにジョーに行く」という感覚。一方の「CONA」はイタリアンバルである。
 
そこで「CONA」の近いところに「焼売のジョー」を出店することができる。客層は一緒だが、商品的には競合しない。「CONA」と「焼売のジョー」が近接して存在することによって、顧客はこれらの店を回遊するパターンが見られるようになった。
 
「CONA」がメインに打ち出すのはワンコインピザで、一般的なカジュアルイタリアンのピザの価格3分の1以下で提供されている【「CONA」がメインに打ち出すのはワンコインピザで、一般的なカジュアルイタリアンのピザの価格3分の1以下で提供されている】
 
この二つの業態の近くに同社のラーメン店が営業していても競合をしない。「そして、それぞれ親和性があって、大きな物件を三つの店で分けて営業するということも可能」と青柳氏は語る。このように、自社の中に絶妙な業態バランスを構築することができた。
 
こうして2024年3月末現在の総店舗数は148店(うち直営56店)。「CONA」43店(うち直営17店)、「焼売のジョー」14店(うち直営11店)、ラーメン店が91店(直営28店、プロデュース店63店)となっている。
 
「焼売のジョー」はコロナ禍にあって開発された業態で、「CONA」の既存店の近くに店舗を構えている【「焼売のジョー」はコロナ禍にあって開発された業態で、「CONA」の既存店の近くに店舗を構えている】
 

「成長したい」というエネルギーの強さ

三つの業態は、これからそれぞれ独自の方向に進んでいく。青柳氏の展望をまとめると次のようになっている。
 
まず、ラーメン店は地方におけるロードサイドにポテンシャルを感じている。油そばをはじめラーメンの種類を増やしていき、スピード感をもって日本全国で展開していきたいとのこと。麺、タレ、スープは自社工場を持たずに二社にOEMで製造を依頼して事業構造を軽くしている。クオリティが安定したラーメンの食材を送り届けることができることから、全国展開は容易に行うことが出来る。
 
そして、麺の茹で時間が1分間であることも大きな特徴だ。これによって、提供スピードが速く、長蛇の列ができてもスムーズに回転できる。これが機会損失を防いで、顧客からのロイヤルティを高めている。標準店舗は15坪でカウンター16席。客単価は税抜き約1000円で月商800万円あたり。
 
「CONA」の場合、直営の標準店は25坪くらいで60席、客単価2700円あたり、月商800万~900万円。これらは加盟店によってはばらつきがあって、業態的には可能性を幅広く想定することが出来る。気軽に行くことができるイタリアンということで競合はほとんど見られない。ランチ営業をすると原価率は少し高くなるだろうが、ディナー帯に集中していていることから27%になっている。
 
これからは、一都三県の繁華街に積極的に出店していく。「現状やり切れていないのは地方の拠点都市」という認識があり、これらでは地元に根付いている企業と組んで加盟店で展開していきたいとのこと。「この仕組みによって『CONA』は100店舗体制を想定することができる」という。
 
「焼売のジョー」の場合、「CONA」とほとんど同じ内容になっている。店舗規模は25坪あたり、客単価は「CONA」より若干低い感じで2500円、月商は800万円あたり。
 
「焼売のジョー」の看板商品は「焼売」。店内手づくりでクオリティが高く、お客はこれを食べることを目的に来店している【「焼売のジョー」の看板商品は「焼売」。店内手づくりでクオリティが高く、お客はこれを食べることを目的に来店している】
 
このようにINGSでは三つの業態をバランスよく整えることができた。これらを支えてきたものは、「焼売のジョー」が誕生した背景で述べた「INGSには『成長したい』というエネルギーがある」ということにほかならない。
 

 
千葉哲幸(ちば てつゆき)
 
フードフォーラム代表 フードサービス・ジャーナリスト
柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく最新の動向も追求している。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。
 

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